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2011年10月 7日 (金)

今も生きるピナ・バウシュ

来年2月25日公開のヴィム・ヴェンダース監督の3D映画『Pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を見た。2年前に亡くなったピナ・バウシュのドキュメンタリーだが、単なる記録映画に留まることなく、今も生き続けるピナの精神を見せることに成功している。

大半は、劇団員たちが『カフェ・ミュラー』などの代表作を踊るのを新たに3Dで撮ったものだ。舞台のシーンを映していたかと思うと、道路や工場やプールなどさまざまな場所で踊り続けるダンサーたち。それぞれが、母国語でピナについて言葉少なに語る。ドイツ、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、韓国語などなど。ダンサーたちは黙ってカメラを見つめるだけで、彼らの声がバックに流れる。

そして時おり現れるピナの映像。白黒も多い。70年代の黒髪の若々しい映像から、2000年代の白髪で聖人になったかのような神々しい表情。それらが映画館で映写されて、劇団員がそれを見ているようなしつらえもある。

ピナを見てから再び劇団員たちを見ると、彼らが全員どことなくピナに似ているのを感じる。それはそうだろう、人によっては20年以上彼女と踊り続けたのだから。人間の根源的な感情を自由にそして象徴的に表現するダンサーたちの肉体は、いつまで見ていても飽きることがない。美でないものから美を生み出すこと、各自の自由な動きが全体として統率されること、激しい動きが静けさを表すこと、繰り返しのはずがずれていくこと、などなどその踊りは、いくつもの矛盾する要素が同居しながら進行する。

もっともっとピナ自身の映像を見たかった気もするが、ヴェンダースは今も生き続ける彼女の精神を現在形で示したかったのだろう。この種のドキュメンタリーを撮ると、最近のヴェンダースは抜群にうまい。

実を言うと私はピナの舞台は1回しか見たことがない。1989年に日本で見た『カーネーション』だ。アルモドバルの映画『トーク・トゥ・ハー』にピナの『カフェ・ミュラー』が出ていた時は、本当に見たいと思ったのだが。毎年のように日本に来ていたのに、埼玉の公演が多くて行かなかった。今思うと実に惜しい。

どうも私は、舞台は一度見たら良し、とする傾向がある。一度だけなら、ブルックも寺山修司もカントールもストレーレルもベルイマンの舞台だって見ているのだが。今後は好きなものは、何度も見ることにしよう。

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