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2011年11月28日 (月)

ゴヤは抱一の同時代人

前から気になっていた「ゴヤ 光と影」展を上野の国立西洋美術館に見に行った。おもしろかったが、何より驚いたのは油絵が25点しかないこと。あとは素描や版画で総点数123点(うち国内所蔵の版画51点)というのはちょっと詐欺に近い。

もちろんこれには理由があって、チラシにも「プラド美術館所蔵」と書かれているように、基本的にはこの1館から来た「〇〇美術館展」なのだ。ゴヤはプラドの目玉だから、さすがにこれ以上油絵を出すわけにはいかないだろう。パリやロンドンやニューヨークからも借りてきた「モネ」展や「ドガ」展などとは基本が違うのだ。

それでもいくつかの油絵は興味深かった。有名な《着衣のマハ》は、中年女の匂い立つような感じがいい。ちょっと大衆的で下品な魅力というか。そして衣服や背景の大胆な省略表現や明暗のコントラストに近代的な息吹を感じる。いくつかある肖像画も、まさにこれから近代絵画が始まる感じがしておもしろかった。

素描や版画なら美術館で見るより、画集の方がいい。最近の画集は印刷がいいし、美術館は照明を暗くしているから。それでもいくつかを見ていると、ゴヤのカリカチュア的な表現力の豊かさが感じられる。残酷だったり、シュールだったり。悪魔的というか。あと半世紀遅く生まれていたならば、新聞や雑誌の挿絵画家として食って行けただろう。

1746年に生まれ、1828年まで生きたゴヤは、宮廷画家になったにも関わらず、生涯お金に苦労した。岩波書店から数年前に出た『ゴヤの手紙』は、早く支払いをしてくれという請求の手紙で一杯だったのを思い出した。仕えた宮廷は財政難だし、19世紀になるとナポレオンが攻めてきて彼の立場は微妙になる。最後はボルドーに亡命しての貧乏暮しだ。

半世紀早かったベラスケスのように安定した宮廷画家になるには遅すぎ、ピカソのように画商が絵を売ってくれる時代には早すぎたというべきか。だからこそ彼の絵や版画には、活力が溢れている。展覧会の最初に飾られた自画像は晩年のもので、まさに疲れ果てたような顔をしていて、国王を描いた宮廷画家とはとても思えない。

家に帰って調べたら、先日千葉まで見に行った酒井抱一と今回見たゴヤは同時代人だった。生まれは1761年と抱一が15歳若いが、死んだ年は同じだ。こちらは円熟を迎えた江戸に住む大名家の子息で、洒脱で都会的な表現を磨いた。ゴヤの悪魔的なタッチとは対極にある。鎖国というのは、抱一のような究極の洗練を生むのだと思った。
「ゴヤ」展は1月29日まで。


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