『再会と別離』に涙する
先日、およそ四方田犬彦など読みそうもない方から、彼と石井睦美の共著になる『再会と別離』を薦められた。四方田氏と言えば、才気煥発、ときおりやり過ぎ又は作り過ぎみたいな印象があるが、この本は違った。彼がこれまでに見せなかった部分を書いているからだ。
この本は23年ぶりに再開した編集者と評論家が、「再会と別離」をテーマに往復書簡を交わすという形式だ。四方田氏の博学には改めて驚くが、おもしろいのはそこではない。
この本の中ほどで、彼は少年時代の両親の不和を、よくここまで覚えているなというほど、細部まで語り始める。父親は京大卒の苦学生、母親は阪神間のブルジョア家庭出身。そこまではよくある話だが、母親は朝食にトーストと紅茶で、父親は味噌汁をご飯にかけて食べるぶっかけ飯で、自分と弟は毎朝どちらにするか、極度に緊張していたという。そしてある日、酔って帰った父は、母の収集したクラシックのレコードを全部叩き割る。
四方田氏のあの活力は、こんな原体験があったからかと勘ぐってしまうほど、恐ろしい場面だった。その後四方田少年は母親の裁判に付き合い、そしてアルバムから父親の写真をすべて切り取る。
これに対して石井氏は夫との別離と死を語る。こちらの家族の緊張は夕食だったという。夫婦と父と娘が言葉少なに孤独に食べていた。夫が仕事がうまくいかずに酒びたりになり、離婚する過程について石井氏は細部を語らない。むしろ隠す。それゆえに重い。
私はこんなつらい家族の経験はない。しかし「再会と別離」ということを考えると、小さな出来事ながらも、いくつか思い当たることはある。そのうちの一つは、とても他人には語ることができない。誰にもこうした「心の闇」はあるのだろう。
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