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2011年12月11日 (日)

モンテ・ヘルマンの余裕

映画の中で映画愛を表明するのは、最近は苦手だ。昔なら例えば『軽蔑』の中で『イタリア旅行』や『ハタリ!』のポスターを見つけて喜んだものだが、17日に公開される『CUT』の猛烈な映画愛には今の自分はひるんでしまう。しかしモンテ・ヘルマンの新作『果てしなき路』は違った。

いわゆる「映画を撮る映画」だ。そのうえに、映画の中で監督が女優と仲良く見るのは、プレストン・スタージェスの『レディ・イヴ』にビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』、そしてイングマル・ベルイマンの『第七の封印』。映画の中にはフラーやアルトマンの言及まである。コテコテの映画愛映画のはずだが、それがなぜか軽やかだ。ある種の優雅な余裕さえ感じられるから不思議だ。

物語は、田舎町で実際に起きた謎の殺人事件をテーマに映画を撮る監督と女優を追う。監督がわざわざローマまで行ってトレビの泉の前でローレルに出演依頼をするあたり、どうにもおかしいのだが、なぜか濃厚なサスペンスが漂う。実際に殺されたヴェルマと女優のローレルが被ってきて、見ていると謎が増すばかりだ。

冒頭から銃声が響いたり、飛行機が2度も追突したり。謎の連続をクリアーなデジタル映像で見せられる皮肉のような味わい。あるいは映画を撮る監督を撮影する別のスタッフが見えたりもする。

ラストにローレル=ヴィルマのチラシにも使われている写真が大きくなり、「エンドロールへ来たぞ」という歌声が響いた時、震えてしまった。今までに見たことのない映画を見てしまった感じだ。もう一度見直さないといけない。
1月14日公開。

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