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2011年12月14日 (水)

写真の新しい可能性

誰もが動画を作ってネットで発信できる時代になったけれど、写真という静止画がまだまだおもしろいと思える展覧会を見た。東京都写真美術館で始まったばかりの「写真の飛躍」展だ。若手写真家5人の作品が並んでいる。

まず目を瞠ったのは、西野壮平の都市の写真だ。遠くから見ると、昔の手書きの地図のようだが、近づくと無数の写真がコラージュされているのがわかる。適当に張り付けたように見えながら、都市の表情が生き生きと見えてくる。山手線がくっきりと浮かぶ「東京」には見入ってしまった。ほかにもロンドンやリオ・デ・ジャネイロなど世界の大都市が描かれている。

北野謙の大きな肖像写真は、そのまわりに無数の人々が埋め込まれているようだ。例えば中国の天安門広場の警備員の写真は、実は24人の写真を重ねたものだという。そこから浮かび上がる集団的幻影。こちらも東京や、インドなど各地を巡った写真だ。

佐野洋一のぼんやりした幻影のような写真は何だろうか。まるで夢の中の場面のように儚いが、妙にリアルだ。見ていると頭がくらくらしてくる。

そのほか、添野和幸と春木麻衣子の写真も刺激的だ。現代においても写真がこれほどコンセプチュアルになれるということを見せてくれる展覧会。写真にはまだまだ可能性があると思った。1月29日まで。

同じ会場でやっていた「ストリート・ライフ」展の、とりわけアジェの鶏卵紙の写真が気になったが、これについては後日書く。

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