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2011年12月29日 (木)

年末に読む北杜夫

年末には毎年、厚い本を読む。『1968』とか『ピストルズ』とか。今年はまず『楡家の人びと』を読んだ。10月に北杜夫が亡くなってから、この本について触れた記事をいくつか読んだからだ。実を言うと、これは私が中学生の時の愛読書で、それ以来読んでいなかった。

かつては新潮社から出ていた分厚い単行本を読んでいた。高校受験の頃に、半年くらいかけて読んだ気がする。腕にずっしりきたその重みは、当時の自分の部屋の感触と共に覚えている。

今度は3冊に分かれた文庫本で読んだ。実を言うと昔ほどは感動しなかった。ある一家の三代を描きつくそうとする作家の計算があちこちに見えすぎたからだ。登場人物たちがまるでコマのように役割を与えられ、それぞれの悲喜劇を演じてゆく。人物がおもしろすぎなのだ。

特に前半、青山に脳病院を作った楡基一郎が出てくるシーンは痛快だ。精神病患者の耳に耳鼻鏡を差し込んで言う。「ああ、あんたの脳はただれている。腐りかけている。ちゃんとそれが見えている。こりゃ入院しなければいけませんな。まあぼくにまかせなさい。腐った脳をちゃんと癒してあげる。ぼくはねえ君、ドクトル・メジチーネでねえ、専門家、オーソリティなんだから」。

楡基一郎が正月に宮中に参内する時に、その車を「院長先生、ばんざーい」と全員で見送る。そこに二階から患者が興奮して飛び込んでしまうシーンの鮮やかさといったら。「訳もない衝動に身をまかせ、ごてごてと飾りのついた石の欄干を乗り越えるが早いか、ひらりと宙に身を躍らせたのだ。そして喜劇映画そこのけの偶然によって、今しも宮中へ向かおうとする院長の自動車の上に的を射当てたように落下したのである。/狼狽と混乱は大変なものであった」。

前半の細部はまさしく喜劇映画だ。権威主義の長女の龍子も、恋愛結婚をして失敗する次女の聖子も、そしていたずらばかりする三女の桃子も。第一部の終わりに青山の楡病院が焼け、楡基一郎が死ぬ。それから後は戦争に至るまで、牧歌的な時代は終わり、小説の楽しさは半減する。戦争中の描写はかなり駆け足で読んだ。

第一部だけはまたいつか読みたいと思う。

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