それでも新聞はおもしろい:秦早穂子
先日、「朝日」に載った川久保玲氏のインタビューがおもしろかったことを書いたが、「日経」にこの月曜から連載されていた秦早穂子さんのインタビューが出色だった。秦さんも、書いている古賀編集委員も個人的に親しいので書きにくいが、たかがブログなので気楽に書く。
「人間発見」という欄で、タイトルは「『勝手にしやがれ』の怒り」。あの優しい笑顔の秦さんの「怒り」とは、何事かと思った。ゴダールの『勝手にしやがれ』の邦題を決めたのは秦さんだというのは知っていたが、それが「『勝手にしやがれ』というタイトルは私自身の気持ちの吐露でした。私も怒っていた」とは。「いつ首を切られても失う物は何もない。『勝手にしやがれ』と」。
「劇場側が<下品だ>と改題を要求してきましたが、<これは若い人の叫びなんです>と突っぱねました」。怒りの迫力である。秦さんがこの映画をラッシュで見て買い付けたという話は聞いていたが、世界で最初に買い、東京封切りがパリの10日後だとは知らなかった。秦さんのおかげで、その時、東京は世界の最先端にいたことになる。
2回目は秦さんの幼少期のことが語られる。今のご様子からもわかるけど、やはりお嬢様だったのですね。お父さまと正月に佐藤春夫の家に行き、堀口大学、井上靖、舟橋聖一、檀一雄といった大御所を目にする。「戦後は板敷の下座にデビューしたばかりの吉行淳之介や安岡章太郎がいました」。こりゃ育ちが違う。それでも本人は「私は“巻きそこないのキャベツ”です」と言う。
3回目はアラン・ドロンと並んだ写真。可愛らしいなかに、キリリとした強い意思が感じられる。『太陽がいっぱい』をラッシュで買い付け、邦題を付ける。直訳だと、「灼熱の太陽」とかになるだろうが、見事。アラン・ドロンが「やわな二枚目ではなかった」ことを見抜き、ヴィスコンティとの関係をほのめかした文章を三島由紀夫にほめられる。
そして4回目、5回目とその後の歩みが語られる。会社を首になり、母が亡くなるが、「カンヌ国際映画祭だけは行き続けようときめた」。2003年まで45年間通い続けたという。その部分をもっと読みたい。終わりは「私を支えたのも怒りだと思う。納得して生きたかったから。それは今も変わっていないようです」。何度もお会いしていたのに、何も知らなかったと痛感した。
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