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2012年1月11日 (水)

地震・原発の本2冊:『福島の原発事故をめぐって』

正月開けに読んだもう一冊の地震・原発の本が、山本義隆著『福島の原発事故をめぐって』。もちろん著者は元東大全共闘議長で、その後は『磁力と重力の発見』などで有名な在野の物理学者だ。この本には原子力というものの本質が淡々と書かれている。

本文は注を入れて100ページの薄い本だ。しかし一つ一つの文章は限りなく重く、強い。

まず、20世紀後半の「原子力の平和利用」が、原爆の技術を保持するための米国の対ソ戦略であり、同時に「新しく形成された米国核産業にとってのグローバルな市場を開拓する」ためだったことを書く。そしてそれを日本政府も熟知していたことを岸信介の回顧録から引く。あるいは最近の通産官僚の「核燃料サイクルは産業政策の枠を超えて、外交、安全保障政策と統合して対処してゆく」という言葉を引用する。

次に「放射性物質を無害化することも、その寿命を短縮することも、事実上不可能」であることを技術的に証明する。「きわめて危険なプルトニウム239は、半減期が約2万4千年で、無害になるのに五十万年の時間を要する」。

原発事故については原発を「配管のおばけ」と呼ぶ技術者の言葉を引用し、「位置計算、取り付ける部材の設計、製造、機能テスト、施工、それらを行うのはすべて別の人間、複数の会社です。すべてを把握し、メンテナンス状況まで知っている人はおそらく皆無でしょう」という言葉を引く。

さらにさかのぼって、「科学」と「技術」が結びついた17世紀西洋の科学革命に話は及ぶ。そして20世紀になって、国家主導の科学が誕生することを記述する。「抽象的で微視的な原子核理論から実際的で大規模な核工業までの長く入り組んだ途すじを踏破するその過程は、私企業を超える巨大な権力とその強固な目的意識に支えられて初めて可能となった」。

「かくして政・官・財一体となった“怪物的”権力がなんの掣肘も受けることなく推進させた原子力開発は、そのあげくに福島の惨状を生み出したのであった」。「三月十一日の東日本の大震災と東北地方の大津波、福島原発の大事故は、自然に対して人間が上位に立ったというガリレオやベーコンやデカルトの増長、そして科学技術は万能という一九世紀の幻想を打ち砕いた」。

この本は次の文章で終わる。「こうなった以上、事故の経過と責任を包み隠さず明らかにし、そのうえで、率先して脱原発社会、脱原爆社会を宣言し、そのモデルを世界に示すべきだろう」。

この本に、全共闘以来「権力」と対峙してきた人の生き方を読み取るのは、穿ち過ぎではないだろう。

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