« 『通販生活』を買う | トップページ | 若者に人気の国芳展 »

2012年1月23日 (月)

「新聞の映画評」評:『果てしなき路』

新聞の映画評は、8割方同じ映画を取り上げるが、映画によってはその扱い方に「見識」が問われる場合がある。最近の例で言うと、モンテ・ヘルマン監督の21年ぶりの新作『果てしなき路』がそうだ。

まずモンテ・ヘルマンを知っているか、リスペクトするかで分かれるし、それ以上に映画史と映画の現在が混濁したような今回の作品をどうとらえるかで、映画的センスの差が出る。

結果として外部筆者を中心にしている新聞は多くのスペースを割き、そうでない新聞ほど扱いが小さかった。一番大きな扱いは、3本の映画評をすべて「外注」している朝日。「プレミアシート」という全国通しの紙面を使い、秦早穂子氏が「人生が映画を模倣し、映画は映画を模倣する」で始める文章は、迫力満点だ。

2本の映画評を、古賀編集委員が時おり書く以外は「外注」している日経は、2番目の扱い(時数は同じだが写真が小さい)で、宇田川幸洋氏が「じわじわと官能がたちこめ、何度も見たくなる味わいがある」と彼らしい直観的な文章を書いている。

記者と「外注」を2対1くらいにしている毎日は、右半分を1本が占め、左半分を2本で分ける。この映画は左側の扱いで、高橋諭治氏が「男と女の関係のみならず、映画そのものの不思議性をあぶりだし、静かな狂気すら感じさせる」と達意の文章だ。「もう一言」「さらにもう一言」などはいらないので、高橋氏の文章をもっと読みたいと思う。

すべてを記者でまかなう読売(元読売記者も含む)は、あろうことか、3本のメインからはずし、下段の4本の扱い。それなのに『ヒミズ』や『ロボジー』を大きく取り上げているとは。映画の格が違うと思うが。話は変わるが、誰も震災映画としての『ヒミズ』のあざとさについて触れていないのは残念だ。

映画評を記者(だけ)が書くべきかどうかは大きな問題だが、一生をかけて映画を見続ける人々に記者はかなわないことがある。そう言えば、朝日の秦氏の文章は1週間遅れだ。これは他紙を見て、あわてて載せたのだろうか。

|

« 『通販生活』を買う | トップページ | 若者に人気の国芳展 »

映画」カテゴリの記事

コメント

dog古賀教授の末尾の文章への回答です。断じて「あわててのせた」なんてことはありません。諸々の調整結果、当初からこの日程でした。ご安心(?)を。

投稿: アカピコーハイ | 2012年1月24日 (火) 14時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/53802836

この記事へのトラックバック一覧です: 「新聞の映画評」評:『果てしなき路』:

« 『通販生活』を買う | トップページ | 若者に人気の国芳展 »