それでも新聞はおもしろい:池澤夏樹
今朝の朝日新聞で、池澤夏樹氏がアンゲロプロスの追悼文を書いていた。映画評論家のように彼の映画史的意味を探るのではなく、あくまで池澤氏の個人的体験におけるアンゲロプロスをたどっているのが良かった。
「今を見据える力が足りないから、しかたなく視線は過去へ向かう。テオとの出会いを辿りなおす」。文章は「どれだけ思い出を語ればぼくはテオがもういないことを納得できるのだろう」と終わる。何と詩的な文章。日本で公開された12本にすべて字幕をつけ、監督と親しくしてきた作家ならではだ。
それに比べると、その隣にある小池一子氏の石岡瑛子追悼は、どこか表面的に見えてしまう。小説家の達意の文章と比べるのはかわいそうだが。
池澤氏といえば、1月10日付け朝日朝刊の「終わりと始まり」が心に残ったので切り抜いている。それは「人生のある時期から自分に無縁な新しい文化が増えた」という文章で始まる。それは漫画、アニメ、ゲームだ。「分岐点は1968年だったことだろう」「あのあたりで人は革命という物語がないままに生きる道を本気で探り始めた」。
村上春樹の世界を否定しながらも、「今になって思えば彼は正しかった。革命幻想を失っても人は何かしなければ明日を迎えられない。だからゲーム」。ここで種明かしがある。「正月からぼくにこういうことを考えるフレームをくれたのは若い評論家が書いた2冊の本だった。宇野常寛の『リトル・ピープルの時代』と古市憲寿の『絶望の国の幸福な若者たち』。……きみたちは頭がいいなあ」。
文章は、「老いてまだ“革命の物語”に執着して空回りを続けるのか?文学は荒野だ」で終わる。アンゲロプロス監督はまさにこの「空回り」を絶望的なまでに美しく描いていたのではないかと思い至る。
それにしても、池澤氏より一回り以上年下の私が、漫画もアニメもゲームもわからないのはまずいのではないか。
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