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2012年2月 1日 (水)

革命の映画の系譜

ゴールデン・ウィークに公開される豊田利晃監督の『モンスターズクラブ』を見て、これも「革命の映画」かと思った。そんなことを考えたのは、自分の大学のゼミ生主催の「映画祭1968」(@オーディトリウム渋谷)で、ここ数日「革命の映画」を見続けていたからだ。

大学闘争のデモやバリケードをひたすら写すだけの『日大闘争』(1968)、バリケードの中の学生たちの表情を執拗に追いかける小川伸介の『圧殺の森』(1967)、政治の革命を遮二無二映画の革命に結合させようとするゴダールの『東風』(1969)など、見比べると飽きない。

李相日の『69 sixty nine』(2004)は高校闘争をギャグで描き、ベルトルッチの『ドリーマーズ』(2003)は、パリの五月革命をヌーヴェル・ヴァーグへのノスタルジーと性革命への幻想で埋め尽くす。山下敦弘の『マイ・バック・ページ』(2011)は、革命の幻想を人間関係の問題としてとらえ直す。

そんななかで、豊田利晃の『モンスターズ・クラブ』は、雪山に籠って爆弾を大企業や大学教授に送りつける男を描く。その理由ははっきりしない。わかっているのは、彼の家族は父も母も兄も弟も立て続けに亡くなって、妹が残っているだけということだ。瑛太演じる主人公は雪の中でひたすら漱石や宮澤賢治を読み、イタリアオペラの古いレコードを聴き、眠る。そこに訪ねてくる妹、あるいは兄や弟の幽霊。

この究極のテロリストに、社会への憎しみが感じられないのが、現代風なのかもしれない。唯一の感情が楽しかった大家族へのノスタルジーというのも、何だか今風のファンタジーだ。物語は主人公が山小屋から街に出るところで終わる。何も起こらない72分だが、丹念に描かれた孤独のテロリストも山小屋も大雪もひたすら美しい。それゆえにどこか不毛な感じは残る。

もしこれが1970年代に作られた映画なら申し分なく傑作と言われるだろうが、現代においては、すべてが古すぎはしないか。同じような雪山の孤独な男を描いた映画でも、『エッセンシャル・キリング』のせっぱ詰まったアクチュアリティにはほど遠い。

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