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2012年2月26日 (日)

ソクーロフのバロック

アレクサンドル・ソクーロフの映画にはだいぶ異なるいくつかのパターンがある。『チェチェンへ アレクサンドラの旅』のような、ドキュメンタリー・タッチの作品、『静かなる一頁』や『太陽』のようなミニマリズム、そして5月公開の新作『ファウスト』のようなバロックな方向だ。

こちらの系統は、『日々は静かに発酵し…』や最近改訂版が公開された『ボヴァリー夫人』などがそうで、むしろ1980年代後半のソクーロフのタッチだ。「バロック」とは歪んだという意味だが、これらの作品はまさにロシアの辺境から見た歪んだ西洋が描かれていた。

『ファウスト』もまた、西洋文学の本流にロシア的なグロテスク・リアリズムを注入したような、まさにバロックな味わいを持つ作品だ。冒頭の鏡が飛ぶ風景から、「来たな」という予感がした。

映画は原作通り、ファウストが悪魔に魂を売って若さを取り戻し、娘に恋をするという話をたどるが、細部は違う。悪魔メフィストフェレスの代わりに、高利貸マウリツィウスが出てきて、ファウストを連れ回す。この高利貸しは何と裸になると尻尾が生えているという醜さだが、何とも憎めない。

酒場に行くと壁から突然ワインは飛び出すし、洗濯場の女たちは洗濯をしているのか、裸を見せているのかわからない。犬や鶏や蠅が飛び交う、不潔で不快な世界だ。そのような混沌に、美少女マルガレーテが現れる。彼女がベッドで見せるアップの表情の美しさといったら。そして水の中で歌いだす。あるいはファウストと共に池に沈んでゆくシーンの鮮烈さ。そしてなぜか水が盛り上がっては引いてゆく不思議な温泉が出てくる。まるで『惑星ソラリス』のような、強烈なラストだ。

カメラは揺れながら、ファウストたちの道行きを斜めに歪めて見せてゆく。広角でとらえられた遠くの風景。見ていて、西洋文明がイスラムやアジアを吸収しながら退廃的に生き延びているような、不思議な思いに駆られてしまった。ベネチアの金獅子賞がわかるような、わからないような。

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