スコセッシのアップ&ダウン
来日中のマーティン・スコセッシ監督が映画を学ぶ大学生と語るというので、学生を連れて出かけていった。『ヒューゴの不思議な冒険』の上映後、スコセッシ監督は学生の質問に答えたが、その中でいくつかの心に残る表現があった。
まず『ヒューゴ』に出てくるメリエスが、スコセッシに似ているのではという質問に対しての答えがそうだ。
映画が発明されて百年以上になるが、多くの監督が忘れられた。メリエスもそうだったが、彼の場合は再発見された。今だって忘れられたり、復活したり、アップ&ダウンを繰り返す監督は多い。流行るかと思えば、すぐすたり、また流行る。自分も70年代と90年代に復活したので、メリエスの気持ちはわかる。流行からずれても、作り手は作り続けるんだ。こんな内容のことを言った。スコセッシはいつも脚光を浴びていたと思っていたが。
確かに、20年前に大流行した監督でも、今や忘れられたような監督は多い。例えばピーター・グリーナウェーやベルナルド・ベルトルッチ、ホウ・シャオシェン、ウォン・カーウェイ、ヴィターリ・カネフスキーなど90年代に一世を風靡して、今では影が薄くなった感じだ。何となく、スコセッシの言うことが、よくわかる。
スコセッシは、アカデミー賞はタイミングと、その時々のハリウッドのムードで決まるとも言った。あるいは、自分が作る映画のテーマと言うのは、砂漠で蜃気楼を見るようなもので、いつも浮かんでは消え、また浮かぶ、とも。
それから今後の映画については、映画が発明された頃、鉄道や飛行機や電話など20世紀の基礎となるものが立て続けに世に出てきたことを挙げて、現在はそれに近い時代だと言った。私はもう無理だが、若いあなたたちは新しい映画の形式を使って表現するだろうと。
何だが全体に妙に達観している印象が残った。悟りを開いたような感じだ。さきほどこのイベントを伝えるネットのニュースを見たが、私がここに書いたようなことはほとんど取り上げられていない。スコセッシが学生を励ました、というような内容ばかり。こちらが中年だからそう見えたのか。『ヒューゴの不思議な冒険』は3月1日公開。
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