« どこでもいる「名もなき毒」を持つ人々 | トップページ | 元ロック歌手のショーン・ペン »

2012年2月22日 (水)

ミニマリズムと引用と

4月28日公開のアキ・カウリスマキの新作『ル・アーヴルの靴みがき』を見て、打ちのめされた。たいした物語はなく、役者たちは演技らしい演技をしないのに、なぜか情感が溢れてくる。シーンの一つ一つに、いろいろなものを思い出しているうちに、映画は唐突に終わってしまう。

出だしは、駅にいる老人とアジア人青年。二人は靴みがきだが、居場所がない。その呆然とした立ち姿。その老人マルセルは、妻と愛犬ライカと共に暮らしている。妻は入院し、マルセルのもとにはアフリカからの違法移民の少年が身を寄せる。

あえてドラマと言えば、妻の病気は治るのか、アフリカの少年は捕まらないのかということくらいだ。マルセルはお金もなく貧しいが、パン屋の女や八百屋の男、カフェの女主人などが助けてくれる。時代に取り残されたような港町に、立ち尽くす人々だ。究極のミニマリズム映画だ。

カウリスマキ・ブルーと言えばいいのか、家も病院も、緑がかった薄い青。それはル・アーヴルの海の色と同じだ。そこに黄色いドレスや赤いバラが際立つ。そして時おり流れる古めかしいロック。その時代がかった様式美は、ジャン=ピエール・メルヴィルか、鈴木清順のよう。人によってはニコラス・レイやゴダールを思い出すだろう。最後の逮捕劇はマルセル・カルネじゃないかという人もいるかも。

1本のシンプルな映画を見ながら、いくつもの映画を思い浮かべる。ヌーヴェル・ヴァーグを体現していたジャン=ピエール・レオーまで老人の姿で現れるのだから。思い出すのは映画ばかりではない。主人公の姓はマルクス、妻の名はアルレッティ、入院するのはフロベール病院。アフリカの少年の名はイドリッサ(・ウェドラゴ?)、彼を追いかけるのはモネ警部。犬の名のライカは、カメラのことか、あるいはスプートニク(監督の製作会社名)号の犬のことか。固有名詞の氾濫が嫌味ではなく、心地よい。

そうした引用に思いを馳せているうちに、奇跡は起こる。それも二つも。「家に帰りましょう」という声。そこには白い桜が咲く。またまた鈴木清順かと思っていると、映画は終わってしまう。この素っ気なさに、私は打ちのめされた。

ずいぶん真っ白な桜だったが、ところでフランスに桜はあるのだろうか。

|

« どこでもいる「名もなき毒」を持つ人々 | トップページ | 元ロック歌手のショーン・ペン »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/54045079

この記事へのトラックバック一覧です: ミニマリズムと引用と:

« どこでもいる「名もなき毒」を持つ人々 | トップページ | 元ロック歌手のショーン・ペン »