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2012年2月27日 (月)

それでも車谷長吉はおもしろい

数か月前に車谷長吉の小説を初めて読んでから、時々無性に彼の小説が読みたくなる。あえて底辺で生きる人生を関西弁で綴る文章が懐かしくなってくるのだ。そういうわけで、今度は文庫の『飆風』(ひょうふう)を読んだ。

最初の短編「桃の実一ヶ」にやられた。自分の母親が、一家にまつわる因縁を息子に向かって会話調で語る設定だが、出だしからすごい。「どこの家でも、何どかど言うことがある。因縁がある。呪いがある。悪いことがある」と始まって不吉な例が並ぶ。

「国道に沿うて地上げしてある場所に、ようけ廃車になった自動車が積み上げてあるやろ。うちはあんたあれや思た。けど、わいはこれから疾風怒濤の人生を生きてゆくんや、どうあっても文士になりたい、言うて。芥川賞が欲しい、直木賞が欲しい、言うて。そのなこと言う人は、普通は逃げて帰って来うへんわな、ド阿呆が。……おまはんかて廃人やがな。頓痴気やがな。因縁や。因業や。業苦や、娑婆苦や」

「うちの生んだ子はみな極道者や。あんたは文学、礼治は福祉、響子は不貞腐れ。誰一人として親を安心させてくれようとする子はない。うちの話は牛の涎や」

少し書き写すだけで、その呪いの口調が乗り移ってきそうだ。続く「密告」も「飆風」も例によって私小説。大学を出て広告会社に勤めたが、退職して関西を彷徨い、東京に戻ってきて作家を目指す。48歳で結婚したが、生活は苦しいまま。何度も読んだその内容が、小説ごとに違う面から描かれる。

「飆風」は、前に読んだ「変」(『金輪際』所収)と重なる、芥川賞を取り損なう話。今度は自分の強迫神経症の細部が描かれ、そこに妻の詩が引用される。心臓が痛くなって検査をしたが異常がなく、医者に言われる。「あなたは文章を書く人です、しかもあなたの小説を読んでみたら、読む人が読むだけで人間であることが厭になるような内容です、そんなものをあなたは書いているのだから、心臓に差し込みがくる内力が溜まるのは当然でしょう」。こんなことを言う医者はいないと思うが、とにかくおかしい。

日頃学生を前にして、偉そうなことを言う生活をしているだけに、彼の小説を時々読むと人間の本音の部分に触れられて、ほっとするのかもしれない。

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