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2012年2月 3日 (金)

『リトル・ピープルの時代』と言われても

宇野常寛著『リトル・ピープルの時代』を読んだ。前にこのブログで書いた池澤夏樹氏が「君たちは頭がいいなあ」として挙げた2冊のうち、読んでいない一冊だったからだ(もう一冊は古市 憲寿著『絶望の国の幸福な若者たち』でこれについては既に書いた)。

読んだというより、目を通したという方が的確かもしれない。ウルトラマンの詳細な変遷の記述あたりから、とても読む気がしなくなった。この著者は前著『ゼロ世代の想像力』でも、詳細なアニメとゲームの分析についていけなかった記憶がある。

今回は村上春樹の小説の変遷と、ウルトラマンから仮面ライダーに至る変貌が分析の中心なので、私にとってはまだわかりやすい。結論は簡単で、1968年以降「ビッグ・ブラザーの時代」から「リトル・ピープルの時代」になったというもの。

「ビッグ・ブラザー」は、もちろんジョージ・オーウェルの小説『1984』における管理者のことだ。宇野によれば、「意思(あるいは物語)を有した人格的な存在」だ。それは「壁」であり、それに対抗することは、共犯関係にしかならないという。村上春樹の小説はその共犯からのデタッチメント(かかわりのなさ)を目指していたが、ある時期からコミットメント(かかわること)に軸足が移った。「“大きな物語”を語りうるビッグ・ブラザーが壊死し、市場とネットワークという非人格的なシステムがそれに取って代わったことによって、物語批判はその効力を失った」。

そして「リトル・ピープル」の時代がはじまる。「リトル・ピープル」は村上春樹の「『1Q68』において超自然的な力を発揮するある種の幽体」であり、「現代のシステムを生きる私たちが、いつの間にか無自覚に、そして内発的に取り込まれている目に見えない“力”のようなものだろう」。

それはテレビではウルトラマンから仮面ライダーへのヒーローの変貌の中にも読み取れるようだ。「身長数十メートルもあるウルトラマンはビッグ・ブラザーであり、等身大のヒーローである仮面ライダーは文字通りリトル・ピープルである」。

そして終章の前の文章は「リトル・ピープルの時代、それは革命ではなくハッキングすることで世界を変化させてゆく<現実拡張の時代>である」で終わる。ハッキングかよ、そう言われてもなあ、というのがオヤジの正直なところ。それにしても「リトル・ピープルの時代」という命名はうまい。

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