「新聞の映画評」評:『J・エドガー』
クリント・イーストウッド監督の新作『J・エドガー』を劇場で見た。正直に言うと、少しがっかりした。イーストウッドでなければ十分満足なのだが、彼の場合は期待値が高いだけに、見方も厳しくなる。さて帰って新聞各紙を見ていると、大絶賛が並んでいて驚いた。
この映画評は、どの新聞も一番いい場所に載っている。毎日は鈴木隆記者が「ここ数年のクリント・イーストウッド監督作品のなかでは最も野心的で出色だ」。「ここ数年」がどのくらいを指すのかわからないが、少なくとも08年の『チェンジリング』と『グラン・トリノ』の方が何倍もおもしろいと思う。個人的には、『インビクタス』で水増し気味になり、『ヒア アフター』と『J・エドガー』と新しい世界に挑戦しながらも、ちょっと混迷している印象を持つ。
読売の小梶勝男記者は、マカロニ・ウエスタンのスターだった頃の「実像と虚像の奇妙な共犯関係」を指摘して「作家としてのイーストウッドの一貫性は揺るぎない」。書き方はカッコいいが、ちょっと論理が飛躍していないか。むしろイーストウッドはアメリカ映画の変貌を体現して、絶えず変わり続けたように思えるが。
朝日は評論家の柳下毅一郎氏が、この映画が同性愛映画であることを中心に書き(これは最も重要なポイントのはずだが他紙では軽く触れるだけ)、「秘やかな愛のドラマである」(ちなみに普通は「密やか」だと思うが)。ハンカチの受け渡しが出会いと別れを示すことや、「大時代的なメロドラマ」という指摘も鋭い。それでも大絶賛は変わらないが。
唯一日経で、宇田川幸洋氏が「あまりに多くの要素をつめこみすぎて、イーストウッド監督のかたりくちに、いつものような流麗さと情感が、やや欠けている感がある」として、3つ星を付けている。普通4つ星か5つ星が当たり前のイーストウッドにしては、3つ星だと私も思う。
この映画を見た友人はみな「いまひとつ」と言う。とりわけこれまでずっとイーストウッドを見てきた人ほどそうだ。この普通の感覚は大事なのではないか。どう見ても現代の部分が多すぎ、ドラマが流れてゆかない。出だしはおもしろいが、途中から乗れなくなったという人は多いと思うのだが。それでもディカプリオの悪役ぶり、老けぶりは必見。
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