やはりおもしろくない「恵比寿映像祭」
今年で3回目になる東京都写真美術館の「恵比寿映像祭」を見に行った。これまでの2回もそうだったが、やはりおもしろくない。一般に私を含めて映画好きは、現代美術の映像作品に対して冷淡だが、それを差し引いても見るべき作品が少ないような気がする。
もちろん全作品を最後まで見たわけではない。私は映像作品については、3分間ルールというものを自らに課している。つまり一作品を3分間見ておもしろくなかったら、そこで見るのを止めるというものだ。これまでそのルールの中で、ピピロッティ・リストもウィリアム・ケントリッジも束芋も辻直之も、初めて見た時にすぐにおもしろいと思って、最後まで見た。
ところが今回、そのルールで最後まで見たのはケントリッジの新作しかなかった。ケントリッジはこれまでに何度も見ているし、とりわけ東京国立近代美術館の濃密な空間を体験した後は、今回の10分間の作品だけでは物足りない。
あとは、映像のいろいろなパターンがありますね、という感じしか抱かなかった。あえて違和感があったのは、作家の名前を知っていた、地下の鈴木了二の建築作品と、大城裕之のインスタレーション。鈴木の作品には映像が組み込まれてはいるが、この展覧会に入れる意味がわからなかった。建築としては興味深かったけれど。大木は「松前君」シリーズから見ているが、今回の展示はクリーンすぎて彼の映像には合わない気がした。もう一つ、その名を知っていた「東京シネマ」の科学映画は興味深いが、なぜここに、という違和感は残る。
今回のテーマは「映像のフィジカル」。カッコいいが、意味がわからない。「今回のどの展示が“映像のフィジカル”か教えて欲しい」と思ったが、カタログには展示とはほとんど関係のない対談やエッセーが並んでいる。私は常日頃、美術館学芸員がわけのわからない展覧会名を付けるのに憤っているが、、今回はその典型。わけのわからないものを見せるのはいいが、展覧会名を難しくすることで、観客の幅を狭めることがわからないのだろうか。
2月26日まで。
東京都はこの展覧会予算を、東京国際映画祭に回すべきだと思う。
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