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2012年3月 3日 (土)

三蔵さんが亡くなった

朝日新聞の美術記者の田中三蔵さんが27日に亡くなった。実はその2日後に病院にお見舞いに行こうと計画していたが、果たせないままになってしまった。最後に会ったのは、昨年11月に千葉市立美術館の「酒井抱一展」の最終日。

閉館まであと30分余りで、会場を出て1階のエレベーターから降りたところで、ばったり出会った。すると、ガンが転移してまた入院することを自分からどんどん話し始める。私は「話していると、展覧会が終わりますよ」と無理にエレベーターに押し込んだ。そのあまりにも痩せた顔が正視できなかったからだ。もう少し話しておけばよかった。

三蔵さんと偶然会うのは、いつも展覧会の最終日だった。彼は日曜の午後に、見落とした展覧会をいくつも見て回る。そのうえ、見るのに時間をかける人だから、閉館までに終わらない。そんな姿を竹橋の東京近代美術館や渋谷の松濤美術館、今はなき新宿の三越美術館などで見た。

ベネチア・ビエンナーレの日本館で、偶然に会ったこともある。宮島達男作品の暗闇の中に、濃い顔の天然パーマのおじさんがいると思ったら、三蔵さんだった。一緒にパリに出張したこともあった。ポンピドゥー・センターの地下の収蔵庫で一緒に作品を見たが、あまりにもゆっくり見るので、館長との昼食の時間に遅れてしまった。彼にとっては昼食なんてどうでもよかった。

食事に関心がなかったわけではない。鳥の唐揚げやトンカツが大好きで、ご飯がないと落ち着かない人だった。宴会の席で肉が残っていたりすると、「これ食べていいかな」と平らげる人だった。

奥様の話だと、亡くなるのはしばらく後だと思っていたらしい。だから後のことについて何も言い残さなかった。幸せな人生だと思う。それ以上に、あの笑顔でまわりの人々に幸せを残した人だった。

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