『メルトダウン 福島第一原発事故』の資料的価値
一昨日の「朝日」書評欄で科学者の福岡伸一が絶賛していた本だ。「あのとき一体、為されるべきことの何がなされなかったかを知るための一級資料として、本書は今後長い期間にわたって参照されつづけることは間違いない」。
書いたのは、大鹿靖明という1965年生まれの朝日新聞記者。ライブドア問題を扱った『ヒルズ黙示録』で話題になった人だ。一読して、『メルトダウン』は、地震発生から最近に至るまでの原発をめぐる政治の動きを克明に記録しているところに、資料的価値があると思った。当時は新聞を読んでもいつメルトダウンしたのかさえわからなかったが、後からのインタビューや資料を足して検証した本書によって、本当のところ何が起こっていたのかがわかる。
一言で言うと、官邸に集められた東電の経営陣や資源エネルギー庁や保安院トップの技官、大学教授といった人々が実は全く原発の現場にくわしく通じている人がいなかった、ということだ。3月12日午後に1号機が爆発すると、原子力安全委員会の斑目委員長は、それまで「爆発はしません」と言い切っていたが、「揮発性のものでしょう」と答える。ところがテレビを見て斑目は「両手で頭を覆って、『うぁっ』とうめいた。……これが日本の原子力の最高の専門家の姿なのか――そう彼は思った」。彼とは下村健一内閣審議官のことである。
下村は元TBSのディレクターのせいか、この本でたびたび出てきて、まっとうな観察眼を見せる。菅直人が12日朝に福島原発に行った時、吉田昌郎所長が(ベント)を「決死隊を作ってやります」と言った時、下村は「官邸に来ている木偶の坊たちと全然ちがうわ」と思う。東電からまず官邸に送られた武藤一郎前副社長の他人事のような対応ぶりと好対照だ。彼は官邸に現場の報告をするのに、すべて東電本店経由で現状を聞いていたというから驚きだ。
「木偶の坊たち」に怒る菅直人というのが、この本の図式だ。下村はノートに書き留める。「批判されても、うつむいて固まって黙り込むだけ。解決策や再発防止策をまったく示さない技術者、科学者、経営者」。メルトダウンしたのは原発だけでなく、官邸に集められた「原子力村」の人々全体だった。
もともと東電という組織が、独占企業なので競争がなく、電力事業法で「総括原価方式」(経費に利益を乗せて電気料金を決定)が守られ、担保付社債を発行できる。年間1兆円を越す設備投資額を背景に、経済界に君臨する。そしてJRのような民営化や自由化を政治力によって阻止してきた。
そして菅直人下しが始まる。火元は東電の意を受けた経産省だったり、安倍元首相だったり、読売新聞だったりするが、結局は東電のお金に麻痺した人々である。
この本を読むと、あの時の首相が菅直人でまだ良かったという気持ちにさえなる。少なくとも東電や経団連との利害関係にどっぷり浸かっていた自民党だったら、福島からの東電の撤退を認めてしまい、被害はもっと大きかっただろう。しかし個々の判断では菅は何度も間違いをするし、経産省の保守派一掃を企てながら、結局失敗する。
私は震災後1年の3月11日を、テレビを見ないでこの本を読んで過ごした。読み終えて暗澹たる気分になるが、必読書だ。
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