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2012年3月18日 (日)

『空中庭園』のリアルさ

先日、角田光代の『森に眠る魚』を読んで、お受験に全力を傾ける母親たちの姿に唖然としたが、今度は彼女の『空中庭園』を読んで、その家族像に妙なリアルを感じた。自分の日常とは全く異なるけれど、どこにもありそうな感じというか。

東京郊外のニュータウンで暮らす、一見幸福そうなある家族。その毎日を、母親、父親、娘、息子、祖母、そして夫の愛人の若い女の6人が、自分の視点から語る連作だ。「何ごともつつみかくさず、タブーを作らず、できるだけすべてのことを分かち合おう」というモットーの家族だが、それぞれは心の奥に誰にも言わない闇を抱えている。そしてその闇は自分しかわからないと思っているが、少しずつ周囲にばれている。

最も恐ろしい闇は母親のそれだ。自分の母が大嫌いで、家を出るための作戦を高校生の時から準備する。そして高卒で就職した会社で知り合った大学生を、「この男だったら問題なく家庭を作れそうだ」と確信して誘い、妊娠して結婚に持ち込む。そして子供には、地元の不良同士が早々と非行生活を卒業して結婚したと嘘をつき続ける。

実は祖母もまた嘘だらけの人生だった。上京して付き合った男性に捨てられて、人づての見合いで何も考えずに結婚。夫は職を転々とし、自分は働きづくめ。そして夫は早死にする。そして必死で子供を育て、子供に嫌われる。

この小説の中で「逆オートロック」という言葉を息子が使う。「やっぱちょっと田舎だしさ、鍵は開けっぱなしも同然で、他人の出入りとか、ざっくりしているっていうか、かなり適当にしてるんだよな。外の人、わりと自由に招き入れるんだけど、家の中にもう一個見えない扉があってさ、こっちの扉は絶対開けないというか」。この家族は、この偽善の上になりたっている。

自分が教えている学生たちの家族はこんなものかもしれない、と思うと怖くなった。

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