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2012年4月 5日 (木)

現美で見る戦後美術の諸相

木場の東京都現代美術館で5月6日まで開催中の「田中敦子展」と「靉嘔展」を見に行った。ともに戦後美術の重要な作家で、二人とも色彩豊かな絵画が特徴的だ。しかしその色彩はほとんど逆方向に向かっている。

靉嘔(あいおー)は、虹を描いた絵画で有名だ。1950年代はフェルナン・レジェの影響の色濃い絵画が並んでいるが、渡米してオブジェの展示やハプニングに目覚め、コンセプトが前面に出てくる。そして虹のシリーズ。ここまではさほど驚かなかったが、むしろ80年代以降の展開の多彩さに驚いた。そして最新作の軽やかな抽象性。人間にとって色とは何かを独自に追求し、楽しんでいる感じがした。地下一階のホワイエの展示は心地よく、そこにあった闇の中を歩く作品では、暗闇の中に色彩が見えた。

田中敦子は大阪の具体グループ出身の作家で、同じように1950年代から活動をしている。こちらは最初の方こそ数字を使った絵画があったりするが、電気服を発表して有名になってからは、ひたすらいろいろな色の電球がからまったような絵ばかりを描き続けている。最初に彼女が服を使ったパフォーマンスの映像が見られるが、その可愛らしいこと。それが70年頃の映像には、既に苦悩の表情が見られる。

田中たち元具体グループの作家たちと欧州に旅行したことがある。会場のパネルを見て、90年12月のローマと91年3月のフランクフルト郊外のダームシュタットで開かれた具体展だと思い出した。その頃、田中は小さな体で本当に苦しそうな表情をしていた。一生、同じモチーフに憑りつかれた作家の苦しみだったと、今になって思う。田中が同じ具体出身の金山明と住んでいた奈良の明日香村の家を訪ねたこともあった。金山はほとんど田中のマネージャーだった。田中は2人分の苦悩を引き受けていたのだろう。

常設展では、福島秀子を中心とした実験工房の展示と具体グループの展示があった。実験工房も具体と同じく50年代から活躍しているが、具体の自由さに比べるとこちらはずっと知的で抽象的な探究だ。日本の戦後美術の奥は深い。

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