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2012年4月 8日 (日)

それでもガレル

6月から7月にかけて公開されるガレルの新作『愛の残像』(08)と『灼熱の肌』(11)の試写を続けて見た。さすがにこの2本立てだと、筋金入りのシネフィル評論家が揃っていたのがおかしかったが。私の感想は一言で言うと「それでもガレル」。

フィリップ・ガレルはゴダール以降のフランス映画界の天才と言われ、いつも男女愛を妥協のない画面で執拗に描き続けてきた。私などは長い間その「神話」に憑りつかれていたが、最近は悪魔祓いができたつもり。

『灼熱の肌』は、その神話に自ら頼ったような奇妙な映画だ。冒頭から全裸のモニカ・ベルッチがモデルのようにベッドに横たわり、その後にルイ・ガレルが交通事故に会うシーン。ゴダールの『軽蔑』を反復するように、映画は進む。ルイ・ガレルが演じるのはローマに住むフランス人画家で、モニカ・ベルッチはイタリア人女優。

ずいぶん太ったモニカ・ベルッチがまるで作り物のようにリアリティがない。2人を見守るのは、フランスから来た俳優志望のカップル。こちらの愛もなかなかこじれている。そうして冒頭の破局に至るまでの恋愛の不可能性を、映画はしつこく追いかける。ゴダールの抜殻のさらにその形だけを無理やり成立させようとする力業だ。しかし、その齟齬の悲しさは容易には伝わってこない。特にフランス人以外には。

『愛の残像』は、強烈な白黒の映像がいかにもガレルらしく、もう少し入りやすい。こちらは前半が写真家役のルイ・ガレルが人妻役のローラ・スメットと愛し合う話で、後半は彼女の死後、ルイ・ガレルが新しい恋人と付き合い始めるという2部構成。『灼熱の肌』もそうだが、わざわざ全体を2つに割って、感情移入を難しくしているようだ。それでも、ローラ・スメットのまるで東洋人のような不思議な表情が全体を覆う。くどいほど愛を求める姿は日本人には信じられないものだが、いくつもの強烈な場面が見終わった後も、脳裡から離れない。

それでもガレル。このまま撮り続けてほしい。そして配給のビターズ・エンドさん、それでも彼の映画を買い続けてください。もう一つ、試写はブルーレイの上映だったが、劇場では35㎜で見たい。特に『愛の残像』はベネチアで35㎜で見た時に比べて、デジタルだと「齟齬の悲しさ」が白けて滑稽に見えかねないので。

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