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2012年5月16日 (水)

とにかく長い映画:『ジョルダーニ家の人々』

5時間6分のイタリア映画『輝ける青春』は、私にとって一番泣ける映画だ。あの音楽を聞いただけで、あるいは一場面を語り始めただけで、涙が出そうになる。7月21日公開の『ジョルダーニ家の人々』は同じ脚本家やプロデューサーで、6時間39分と聞いて気合を入れて試写に出かけた。

朝の10時半に始まって、1回の休憩をはさんで終わったのは、夕方5時半。丸一日つぶした感じだが、その間にローマのある家族と2年ほど一緒に暮らした気になった。

『輝ける青春』ほどの強い衝撃はない。あれは、1960年代から現代までの政治の時代を生きた監督が、自らの痛みと共に振り返ったものだ。こちらの映画は現代のローマ。家族や恋愛のテーマは変わらないが、政治の季節は過ぎ去り、移民やイラク戦争、エイズなどがテーマとなる。

技術者の父と元医師の母のもとに、外交官の長男、精神科医の長女、建築を学ぶ次男、高校生の3男が暮らす。映画は、裕福で幸せそうなこの家族が、3男の事故死をきっかけに離散してゆく過程をメロドラマ風に語ってゆく。

母は3男の死を受け入れられずに家を出て療養所で暮らし始め、父は若い女性と不倫をして、それを次男に咎められたのを機にイラクの仕事を引き受ける。次男は家族で孤独だが、大学の指導教授の妻とできてしまう。長男はシチリアで難民の処理をしているが、彼に会いに行った次男は、ひょんなことから難民の中年女性をローマに連れ帰る。長男はフランス人の男性と暮らし始めるが、彼には子供がいた。

映画が始まってしばらくして家からは誰もいなくなるが、難民の中年女性を引き入れてから、次第に家族が戻り始める。長男は恋人の娘を引き取り、難民女性は娘を見つけ出す。セリフにもあるが、家はいつのまにかみんなに開かれた港のようになる。それは建築家の次男が建てる最初の作品のテーマだ。

これらの登場人物が、およそ10分おきくらいに交代に出てくる。「それぞれの生き方」を見せてくれるので、NHKの朝のテレビドラマのように毎日少しずつ見てもいいような気さえする。それくらいある意味で、俗っぽい。

演出はいささか大味だが、ロベルト・フォルツァの撮影は、時おりはっとするようなシーンを見せる。例えば、次男が教授の妻と寝る時の、女の青い目に写る次男の姿。あるいは、モンテネグロ出身の娼婦の葬儀のシーン。

ルッリとペトラリアの脚本は、『輝ける青春』と同じく、宝石のような言葉がいっぱいだ。映画の原題は「残るもの」。これについては、「残るものは、苦しむ、山の稜線…、飛んでゆくものは、鳥…」というセリフがあった。人々は家から去り、また戻ってくる。家には記憶だけが蓄積されてゆく。

この映画で人々は何度も何度も肩を抱き合う。会うごとに、別れるごとに。この身体的接触による愛の確認は、日本人にはないとつくづく思った。

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一行の漏れなく同感 !!

投稿: アサコ | 2012年7月 2日 (月) 21時25分

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