憂鬱な読書:『陰謀史観』
秦郁彦著の新書『陰謀史観』を読んだ。最近、『まんが パレスチナ問題』や『ネットと愛国』などを読んで、ユダヤ人の陰謀とか朝鮮人の陰謀とかの考えに馴染んだからかもしれない。しかし陰謀史観を歴史的にたどったこの本を読むと、いよいよ憂鬱になる。
そもそも日本国内には、明治維新以前から、吉田松陰などによる対外膨張構想があった。多くは中国、朝鮮を支配し、アジアの盟主になるべしというものだ。明治以降も、西郷隆盛らによる意見書が次々と出る。そしてそれは次第に大アジア主義、東亜共同体論、大東亜共栄圏へと発展し、日本の対外進出を正当化する。そこには米国の陰謀という言葉が見え隠れする。
敗戦後、連合軍はこうした「世界征服計画」を取り上げ、逆に日本人に対する陰謀史観を作り上げる。特に「田中上奏文」という文書が問題になったという。これは田中義一総理大臣が天皇に提出したとされる「世界征服計画」の最たるものだが、全くの偽物という。これが当時中国語や英語に訳され、現在でも中国の高校の教科書に載っているらしい。
この本を読んでいると、第二次世界大戦とは、双方の陰謀史観が互いに影響を与えながらできたムードによって起こった気がしてくる。敗戦直前は日本が負ければ、日本人は混血化が進み、キリスト教を強いられ、米食を捨ててパンを食べ、家族制度が崩壊すると新聞までもが書きたてたが、そうはならなかった。
陰謀史観は戦後も続く。渡辺昇一から西尾幹二、江藤淳、最近だと藤原正彦やに至る米国陰謀説だ。極めつけは田母神俊雄元航空幕僚長で、アメリカはユダヤ=共産主義スパイの陰謀で対日戦争に引きこかれたとか、大東亜戦争は白人支配から有色人種を開放する聖戦だった、となる。
そのほかソ連のコミンテルン、CIA、ユダヤにフリーメーソンまで、陰謀説は後を絶たない。歴史を単純化し、仮想敵を作ってその陰謀のせい、とするのは人間の本性かと思うと、憂鬱になる。
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