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2012年6月 5日 (火)

水村美苗の新境地

水村美苗の小説は、どれもおもしろい。といっても、これまで3冊しかないが、『續明暗』『私小説 from left to right』『本格小説』と来て、今回が『母の遺産 新聞小説』。人を食ったような題名ばかりだが、これまでは外国育ちの自分と家族の物語を濃厚に描きながら、日本の近代そのものを語ってきた。

今回はずっと俗っぽい。主人公と母と姉という構造はこれまでと同じだが、主人公は外国でなく日本で育つ。そして学生の時パリに留学して、その時会った男と結婚する。目下の問題は、母の介護と夫の不倫というのが、いかにもどこにでもある三文小説風だ。本の帯には「ママ、いつになったら死んでくれるの?」といういかにものコピーが躍る。

そのうえ、主人公が夫のメールを盗み見たり、魅力的な男性に出会ったり、別の若い男性に誘われたりと、エンタテインメント要素も満載だ。母の死や夫との離婚に関しては、遺産や財産分与の具体的な金額が書かれ、読みながら見につまされる。

それでも今回も、日本の近代が、とりわけ母を通して語られる。「母の家の戸棚や引出から溢れ出てきた母の分不相応な贅沢の残骸は、1970年代に建て直したモルタル仕上げの日本の家――畢竟、夢も何もないつまらぬ空間に、一種独特な雰囲気を醸し出した」。主人公の夫は愛人にメールで書く。「何かというとお芸術の家だから参っちゃうよ」。

後半、芸者上がりの祖母が「讀賣新聞」に連載された『金色夜叉』に影響をうけて、金満家の家を出る話が語られる。水村の小説自体が「読売」に連載されたものだから、いささか作り過ぎた話だが、うまい。祖母が子供の家庭教師と出奔して作った子供が母に当たる。その母は猛烈に西洋に憧れる。その果てにボケて、狂う。これが日本の近代だ。

結局、水村の小説は、記憶の襞を辿る語りのうまさだと思う。


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