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2012年6月12日 (火)

ゲリンのデビュー作

いつの時代にも、映画狂たちが偏愛する監督がいる。最近だと、スペインのホセ・ルイス・ゲリン。数年前に東京国際映画祭で上映された『シルビアのいる街で』以来、小さなブームだ。彼の作品を8本もまとめて上映する映画祭が6月30日から開催されると聞き、とりあえずデビュー作を試写で見た。

とにかく同国のビクトル・エリセが絶賛し、それを受ける形で蓮實重彦氏が煽っている監督だ。しかし個人的には『シルビアのいる街で』の映画狂向けに作り込んだような画面が、どこか気に障るところがあった。『ゲスト』と『メカス×ゲリン 往復書簡』は、いかにも彼らしい何も起こらないドキュメンタリーで、心地よいが退屈だった。

1983年のデビュー作『ベルタのモチーフ』は、これまでに見た作品以上に退屈でおもしろかった。この監督は本物の映画原理主義者である。農村に生きる少女ベルタを、カメラは白黒の映像で淡々と捉える。両親、弟、ナポレオンのような帽子をかぶった男と彼が事故に会って妻を亡くしたという車、村にやってきた映画の撮影隊。彼女はそれらを見るだけ。

画面は散文的に少女の周りを映すだけなのに、音が異様なくらい氾濫している。冒頭は羊とその鈴。ブランコの金属音、ベルタのおしっこ、母が買った奇妙な扇風機、ラジオ、音が歪んだ録音テープの歌、斧の音、虫、鳥、蝉、馬、自転車、自動車等々。そして突然かかるシューベルトの歌曲。明らかに普通よりも大きな音が次々に入り混じり、だんだん不思議な気持ちになってくる。

後半、フランスの歴史物映画の撮影隊がやってきて、アリエル・ドンバルが勝手な行動をし始める。ベルタとの出会いを期待するが、結局二人の間には何もない。ベルタが木の下に埋めた青年の帽子を、ドンバルが見つけるだけ。

一度だけ、完全にシュールなシーンがある。ベルタの自転車がひとりでに走りだし、それをミニカーが追いかける。何メートルも続く。でもそのシーンはほかと関係がない。

私には、118分はちょっと長かった。試写はデジタル上映だったが、この映画はフィルムで見たい。そうでないとこの映画の有難味が半減する気がする。

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