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2012年6月29日 (金)

キアロスタミの新作は

先日ここで、外国の監督が日本や日本人を扱うとおかしな映画になることを書いた。さてイランのアッバス・キアロスタミが日本で撮ってカンヌのコンペに出た新作はどうだろうか。半分怖いもの見たさで、9月公開の『ライク・サムワン・イン・ラブ』の試写に出かけた。

印象を一言で言うと、台湾の侯孝賢が日本で撮った『珈琲時光』に近かった。かつての『非情城市』のような傑作はもはや撮らなくなった侯監督が、昔に帰ったような素直な映画を撮ったが、どこか妙な感覚が残る、映画としてはいいのだけれど、という感じ。

キアロスタミだって、普通の映画を撮らなくなって久しい。最後は『風が吹くまま』(99)あたりか。08年の『シーリーン』に至っては、映画を見る観客だけを映して、その観客が見る映画の音声のみを流していた。その意味で『トスカーナの贋作』は、久しぶりに普通の映画らしかった。でもあちこちに謎が残った。

今回の映画は前作の延長線上にある。年老いた元教授がデートクラブを通じて女子大生と出会う。彼女は祖母と会おうとしていたし、恋人も裏切っていたが、仕事を優先した。老人と女子大生と恋人をめぐる人間関係。

映像はすごい。最初のバーのシーンのガラスに写る人影や、車のシーンのフロントガラスに写る外の風景や外から見た車内など、息を飲むほど美しい。そこに被さる物音。

ところが登場人物が、どこかピンとこない。恋人を演じる加瀬亮だけが、その心情を自然に追うことができるし、演技や表情がピシッと決まっている。女子大生(高梨臨)や元教授(奥野匡)は何を考えているか理解しづらいし、最も長く出てくる奥野はどこか演劇臭があって気になる。

それでも十分に見ごたえがあった。終わり近く、元教授の家の前で、元教授と女子大生が座り込むシーンを薄いカーテンの向こうから捉え、そこに花ビラが散るショットなどは夢か幻のようだ。そしてその後の衝撃的ラストは、これぞ映画という感じで、抜群だと思う。

やはりキアロスタミは日本で撮って良かった、と思った。

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