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2012年6月26日 (火)

絶望的な渋さの「ベルリン国立美術館展」

外国の美術館にマスコミが億単位の金を払って一館から借りてくる「〇〇美術館展」は、ここでもさんざん批判してきた。9月17日まで上野の国立西洋美術館で開催中の「ベルリン国立美術館展」もその一つだ。大金を払ったのはTBS。

テレビが展覧会に参画し始めたのはこの20年くらいで、日テレ、フジテレビとTBSが多い。映画製作と同じで「事業外収入」のためなので、新聞社に比べてビジネスとしての色合いが格段に強い。

ところが今回の会場は、日本の美術館で最も誇り高き「西美」だ。昔は西美の学芸員の「お願い」なら、新聞社事業部は何でも聞いた。ビジネスクラスで海外出張させ、高級ホテルに泊めて、食事はすべて負担。日本でも書籍代を負担し、カタログ原稿が書けないと言われると、何日もホテルに泊めていた。

今は「新美」こと国立新美術館が六本木にできた。ここには収蔵作品はないので、企画展が中心になる。六本木という立地もあって、マスコミの大型展はこちらに流れた。西美はその「誇り」を守るためか、あえて地味な展覧会を企画している感じだ。

そこで今回の引越し展はどうかと思ったが、さすがに西美で渋い。副題が「学べるヨーロッパ美術の400年」というので印象派くらいまであるかと思ったら、ロココどまり。それもブーシェやフラゴナールのような華やかなものではなくて、地味なドイツのロココが2、3点でおしまい。

出だしからルネサンスの無名の小さな彫刻が並ぶ。絵画もあるが、知らない画家ばかりだ。えんえんと聖母子や受胎告知、磔刑、使徒の類ばかり見せられる。ようやくデューラーやクラナーハなどの絵画が数点出てくるが、とにかく小さな彫刻が多すぎる。

さすがに17世紀になるとフェルメール、ルーベンス、レンブラントなどの秀作が並ぶ。フェルメールの《真珠の首飾りの少女》は、フェルメールのなかでも、その光の表現が見ごたえがある。その後に地味な素描がずいぶん続く。これには参った。そして地味すぎるロココで終わり。

大型展なのに彫刻と素描を中心とする、この絶望的なまでの渋さが西美の「誇り」か。TBSも頭を抱えているのではないか。

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コメント

あの・・・好みの問題だとは思いますが、そして確かに小品ですが、有名なルネサンスのアーティストが始めから並んでいる様に感じました。 ドナッテッロ(工房)、ルーカ・デッラ・ロッビア、フィリッポ リッピ・・・
彼らが「無名」とは思えない。 

華がないというところには同意します。 でも、私にはおもしろい展示でした。

投稿: かりふらわ | 2012年6月30日 (土) 19時25分

m(_ _)m僕もあんまり偉そうなことは言えませんけど、一応は美術評論の体裁で記事を書くなら
、無名の小さな彫刻だからツマランなどとは本音を漏らしてほしくありません。
特に、デッサンが 並ぶのは絶望的に地味だ、、と言うのはそこだけを取り上げられれば多くの美術ファンが眉をひそめるでしょう。
確かにコクリツの美術館の学芸員におごりが有るとしても、またTBSやら何やらに思惑が有ったとしても
僕らはそんな裏側など興味がないんですから。

投稿: oonamazu | 2012年7月10日 (火) 19時30分

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