ラウル・ルイスの大海に溺れて
この秋に公開されるラウル・ルイスの4時間半の大作『ミステリーズ・オブ・リスボン』があまりにも素晴らしいので、ルイスの旧作を飯田橋の東京日仏学院に見に行った。『三つの人生とたったひとつの生』(95)と『夢の中での愛の闘い』(00)。
ルイスの映画は、スターを使った比較的わかりやすい大作と、全編が夢のような実験的小品に分かれるが、『三つの人生とたったひとつの生』は、前者に属する。イタリアのスター、マルチェロ・マストロヤンニが演じるのは、20年ぶりに妻の元に現れるセールスマン、マテオ・ストラーノと人類学の教授で乞食になるジョルジュ・ヴィケール、そして実業家のリュック・アルマン。
映画は、マストロヤンニ演じるマテオが自分のかつての妻マリアと再婚した男と出会うところから始まる。何ともノスタルジックな悲喜劇の次には、マストロヤンニは教授から突然乞食になって娼婦ターニャ(アンナ・ガリエナ)を愛してしまうヴィケールを演じる。そこにマリアが登場するあたりから話はわからなくなる。そしてメルヴィル・プポーとキアラ・マストロヤンニ演じるカップルの住む城の執事となって現れるマストロヤンニは、実は実業家という。
プポーがマリアと関係を持ったり、キアラは女性実業家になったターニャに雇われたり、登場人物は交錯してゆく。しまいにはキアラが実の父親であるマストロヤンニに「パパ!」と抱きついたり。最後は登場人物がカフェに集合して、銃撃戦が始まる。見ていて、脳髄にズドンとやられた感じだ。
『夢の中での愛の闘い』は、分類の後者だろう。メルヴィル・プポーが主人公で、絵画、海賊、牧師、子供たちといったルイス的表象の中を泳ぎまわる。その根底にあるのはお金と愛だ。
冒頭に白黒で、この映画がポルトガルで撮影されることに対するポルトガルの大臣の挨拶が俳優を前にしてなされたり、オリヴェイラ映画の常連の俳優、ロジェリオ・サモラが出ているし、ポルトガル語のセリフも時々あってか、全体にオリヴェイラやモンテイロの世界に近い。つまり、世界征服をなした後に数世紀を経ていつの間にか貧しい国になっていったポルトガルの不思議な歴史が背景にある。
絵画から出てくる人々。絵画の中に入ってゆく人々。これは『盗まれた絵画の仮説』(79)以来のルイスの発想の根源だ。人々は絵画を通じて過去と現在を行き来する。話を始めるとその場面は再現され、無限の物語の渦に呑まれてゆく。
土曜の午後に2時間のルイスを2本見て、まるで長時間飛行機に乗ったようにどっと疲れた。
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