何ともわかりやすい西洋絵画史
今年はフェルメールばやりで、渋谷の文化村で数点が展示されていたかと思うと、今は上野の西美と都美で代表作が1点ずつ展示されている。高価な画集も出ているし、私がここで批判した銀座の全作品複製展は、今度は何と池袋西武で開かれている。
ただそれらを見たり、読んだりしても、フェルメールの美術史的位置はなかなかわからない。彼の絵の光が美術史的にどういう意味があるのかを知りたい人にとっての格好の本が、宮下規久朗著の『フェルメールの光とラ・トゥールの焔-「闇」の西洋美術史』。
日本で(のみならず西洋でも)人気のある印象派絵画には、光が溢れている。しかしそれ以前の絵画は、宗教画や歴史画など、暗く重苦しいものが多い。しかしそこには少しづつ光を導入してきた歴史があるようだ。
中世末期に生まれたのが夜景画だ。闇が画面の大半を占め、光の効果を強調する。15世紀に始まるルネサンスで奥行きのある遠近法が発明されて、「キアロスクーロ」と呼ばれる光の方向を考慮した明暗法が使われる。確かにその観点から《モナリザ》を見ると、光と闇の絵であることがよくわかる。
そしてティントレットやティツィアーノ、エル・グレコらを通じて、ダイナミックな明暗が描かれ、それは16世紀末からのカラヴァッジョの神秘的な明暗の絵に至る。彼の絵の闇は、ほとんど真っ黒。
そこからは、17世紀の絵画の黄金時代。私は鏡を使ったベラスケスの《ラス・メニーナス》(侍女たち)の視覚の迷路のような世界が大好きだ。マドリッドに行くとプラド美術館で必ず見る。フランスでは蝋燭を使ったジョルジュ・ラ・トゥールの神秘的な室内画が生まれ、オランダでは、豊かな市民ブルジョアを描くレンブラントやフェルメールが出てくる。
特にフェルメールは、窓から差し込む微光を部屋全体に散らす。彼の絵はカメラ・オブスクラという針穴写真機を使ったのではないかと言われるが、私はそれも含めて彼の絵の、世界全体を見通すようなモダンさが好きだ。地図や地球儀や手紙があって、世界に開かれた絵画のように見える。
いつの間にか私の感想になったけど、一冊で西洋絵画の黄金時代がわかった気にさせる本だ。そういえば著者の宮下氏は昔、彼が某美術館の学芸員の頃に何度も会ったけど、今はこんなに本を書いて、偉いなあ。
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