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2012年7月21日 (土)

長蛇の列の「マウリッツハイス美術館展」

上野の東京都美術館に「マウリッツハイス美術館展」(9月17日まで)を見に行って驚いた。平日の10時過ぎに着くと、館の入口のあたりまで長蛇の列ができており、30分待ちという。フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》の目玉はあるが、「マウリッツハイス」というオランダの無名に近い美術館展なのに。

10時頃上野駅の公園口を出た時から、都美へ向かう人の流れがくっきりとできていた。途中右側にある国立西洋美術館の「ベルリン国立美術館展」に入る人は少ない。ここにはフェルメールの《真珠の首飾りの少女》が展示されているのに。

「耳飾り」と「首飾り」の違いでこうも差が出るのか。絵画として見れば、「首飾り」の方がずっとフェルメールらしい。左側の窓から入る光が絵の上半分を包み、首飾りや陶器や椅子の鋲に反射する。それに比べて「耳飾り」は、真っ黒な背景に今風の少女がスポットライトを浴びた感じだ。確かにアニメ風でわかりやすいが、「首飾り」の方には、いつまで見ていても飽きない光の戯れがある。

「マウリッツハイス」よりも「ベルリン」の方が有名だと思うが、このアニメ的わかりやすさが勝利したのだろう。「マウリッツ=耳飾り」は朝日とフジテレビ、「ベルリン=首飾り」は読売とTBSという異例の組み合わせだが、自社スポットを自由に使えるフジが大衆を動かし、朝日が教養派の高齢層を手堅く抑えたというべきか。点数も「ベルリン」は100点を越すが、「マウリッツ」は48点。フェルメール1点目当ての客に多くを見せてもしょうがない。

そう言えば、先日の朝日新聞の美術評で大西若人編集委員が、自社の「マウリッツ」展を絶賛していた。冒頭に「○〇美術館展」は批判されやすいが、これはほかと違って内容がいいという意味の「言い訳」のようなものがある。私は常々「〇〇美術館展」を批判してきたので、こう書かれると反論したくなる。じゃあ、これまで内容のある「〇〇美術館展」をきちんと評価してきたのかと。

私は「〇〇美術館展」という仕組み自体を批判している。大西記者がどんなに「モーリッツ展」を褒めようと、この混雑ではじっくり絵画と向き合うことなんてできない。あの記事は「言い訳」の代わりに、せめて自社主催であることを明記すべきであったと思う。

そう言えば、20年以上前にオランダのハーグ市にあるマウリッツハイス美術館に行った。日本大使館の文化担当官に「これが有名だそうです」と教えられたのが、「耳飾り」だった。「そうですか」とうなずいた私は、フェルメールの名前を知らなかったはずだ。

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