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2012年7月 5日 (木)

年代物のワインのようなワイダの『菖蒲』

10月20日に公開するアンジェイ・ワイダの新作『菖蒲』を見た。ワイダといえば『灰とダイヤモンド』(59)の昔から有名で、私が学生の頃は『鉄の男』(81)などが「連帯」の政治的な話題もあって人気だった。その後も撮り続けて、最近では『カティンの森』(06)で健在ぶりを見せてくれた。

今回は、力作の『カティンの森』とはうって変わって、ちょっと枯れた感じの小品だ。冒頭、クリスティナ・ヤンダが出てきて、「この映画は去年撮る予定だった。わたしはワイダに出演は無理だと言った」と語り始める。彼女はもちろんワイダの『大理石の男』や『鉄の男』に主演した女優だ。

そして『菖蒲』という映画の撮影シーンが出てくる。ワイダの姿も見える。彼の「スタート」という声と共に、映画『菖蒲』の世界に入ってゆく。それは、ヤンダ演じる中年女性マルタが偶然出会う若い男性に心をときめかせるという、淡い恋の物語だ。

つまり映画を撮る映画なのだが、そこには気負いも嫌味もない。ヤンダの独白と映画の撮影と映画の本編の3つが、当たり前のように淡々と繋がってゆく。それでいて見終わると、その構成や語りのうまさに舌をまく。まるで魔術にかかったように。

『菖蒲』の舞台になる、ポーランドの田舎町のひなびた雰囲気がいい。夕暮れの船着き場のカフェや、真昼の川べりにきらめく太陽。マルタは若い青年の肉体を見てときめき、水着姿で泳ぐ。一瞬の夢は悲劇につながる。

資料を見ると、ヤンダが夫の死について語る部屋はエドワード・ホッパーの絵にインスピレーションされたというが、ホッパーのような色彩に満ちた都会の孤独とは少し違う気がした。暗い室内で後ろ向きで語る女性の姿は、むしろ19世紀末から20世紀初頭のデンマークの画家、ヴィルヘルム・ハンマースホイを思い起こさせる。いや、ハンマースホイよりもっと暗い世界かもしれない。

前衛的な構成の小品なのに、まるで年代物のワインのように酸味が落ちて枯れた感じのする、澄み切った珠玉の作品だ。

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