高松:3時間の豊島
高松に行って丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に立ち寄ったら、「旅の美術館手帳 瀬戸内アートネットワーク」という小冊子をもらった。付近の美術館が紹介されており、スタンプラリーになっている。それを見ていたら無性に豊島(てしま)に行きたくなった。
豊島は瀬戸内海の小さな島で、小豆島に近い。なぜそこに行きたくなったかというと、建築家の西沢立衛と美術家の内藤礼が作った「豊島美術館」とクリスチャン・ボルタンスキーの「心臓音のアーカイブ」の写真があったから。予定していた観光をやめて、フェリーを乗り継いで豊島に向かった。
豊島美術館は、港から歩いて20分ほどのところにあった。美しい棚田が並ぶ斜面にぽっかりと穴のあいた白いドームが立っている。遠くには海が見える。美術館の中に入る時には靴を脱ぐ。美術館といっても二か所が円形にくり抜かれたドームの屋根だけで、床は微妙な傾斜があり、あちこちに穴がある。よく見ると、その穴から水滴が出てくる。あちこちから出る大小の水滴は、自由に動き回る。小さな物音が異様に響く音響。
円形の向こうの森や曇り空を見ていると、原始に還るような感覚に襲われる。いつまでいても飽きないような場所だ。美術作品はおおむね自然や建築の前では無力だが、ここではその二つと見事に共存しているように思える。港にさえも一軒の店もない環境があってこそ生きる空間だ。
ボルタンスキーの展示は港の反対側なので、豊島美術館からタクシーを呼んだ。真っ黒に焼いた木材の小さな建物が浜辺に立つ。「心臓音のアーカイブ」は、世界中で集めた心臓音が聞くことができる。薄暗い空間でさまざまに異なる心臓音を聞いていると、不思議な気分になる。人によってかくも違うのかと思う。美術関係者の知り合いの名前を入力して、その心臓音も聞いてみた。
1500円を払うと、自分の心臓音もアーカイブに加えることができる。個室で心臓に機械を当てて、すぐに終わる。暗い展示室で自分の心臓音を聞くこともでき、そのCDももらった。私の心臓音は、そこで聞いたほかの音に比べて、意外と静かで実に規則的だった。
このアーカイブの話は、2008年にボルタンスキーにインタビューした時に、本人から準備中の企画として聞いていた。彼は売買されるような美術品をもう作りたくないと言っていた。「心臓音のアーカイブ」はまさにコンセプトだけだが、人間の本質に正面から迫るような企画だ。わずか3時間だが、豊島に行って良かった。
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