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2012年7月 6日 (金)

「具体」とは何だったのか

日本の現代美術にくわしい外国人と話していると、まず出てくるのが「グタイ・グループ」という名前だ。1950年代から60年代にかけて関西で活躍した「具体美術協会」のことだが、とにかく外国では有名だ。

日本でも関西ではよく回顧展が開かれているが、東京では1990年に渋谷区立松濤美術館で開かれた展覧会以降は記憶がない。

そして今回、あの広い国立新美術館で、大規模な具体展が始まった。先日、東京都現代美術館でこのグループの中心の一人である田中敦子の大きな個展を見て、「あれっ、こんなものか」と思ったので、さっそく出かけた。

展覧会は、紙を破いた入口(村上三郎のパフォーマンス)に始まって、吉原治良を筆頭に、白髪一雄、嶋本昭三金山明、元永定正といった作家たちの作品が時代順に並ぶ。順々に見てゆくが、「あれっ、こんなものか」という感覚は同じだ。

中盤に吉原治良の作品がまとまって出てくると、見ごたえがある。それ以外の弟子たちの作品は、今個々に見た時に何ともさえない。吉原という「先生」に「人のやらないことをやりなさい」と言われて、「生徒たち」がいろいろやっちゃいました、というような感じしかない。

フランスからミシェル・タピエという評論家が来て、「君たちは(フランスで流行の)アンフォルメル運動の一員として迎えたい」という意味のことを言われて、もう一人の「先生」の登場に「生徒たち」は舞い上がる。実際、彼らの作品はトリノやパリで展示される。

今見ると、アンフォルメルと具体は出だしから相当違うが、欧州に行ったり、日本で展示されたアンフォルメルを見た具体の作家の作品は、大きな影響を受ける。しかし白髪一雄を除くと、絵画としての強度はあまり感じられない。特に新美のような天井の高い広い空間で見ると、関西のボンボンたちの悪い冗談のようにさえ見えてくる。

長い間、「具体」という神話があった。主要作家の多くが亡くなった今見てみると、興味深い芸術運動ではあっても、後世に残る作家は少ないような気がする。

実は90年に松濤で開かれた展覧会の直後に、私はイタリアとドイツで開かれた具体回顧展に関わった。当時は作家のみなさんはお元気で、大勢を連れて海外に行った。彼らの一人一人の強烈な個性が忘れられない。

新美の具体展は、9月10日まで開催。

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