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2012年7月23日 (月)

謎のバーン=ジョーンズ展

最近は、美術館の個展はだいたい行くようにしている。ある画家が一生かけて描いた絵をたくさん見ると、必ず何か感じるものがあるから。というわけで、丸の内の三菱一号館美術館の「バーン=ジョーンズ展」に出かけて行った。

副題は「装飾と象徴」。いわゆる英国のラファエロ前派に属する画家だが、エドワード・バーン=ジョーンズはロセッティに比べるとあまり知られていないと思う。ロセッティといえば、日本的には少女趣味の「お耽美」という感じの女性の顔で有名だ。鼻筋が通り、口が小さくて切れ長の愁いを帯びた青い目、頬はほっそりでもちろんブロンドというパターンだ。

今回一番驚いたのは、弟子筋にあたるバーン=ジョーンズの描く女性も全く同じような顔をしていることだった。確かにアングロサクソン系に多い顔とはいえ、これは何を意味するのか。会場のどのパネルにもカタログにもその解説はなかった。謎だ。

もう一つの謎は、海を隔てたフランスでは印象派、そしてポスト印象派が隆盛を極めていた19世紀後半にこのような神話的主題だけを描いていたというのは、どういうことだろうか、ということだ。印象派のようにそれぞれのリアリズムで自然や静物画を描くという意識はゼロで、ひたすら全体のバランスを考えた、デザイン的な神話の世界を描いている。

アーツ&クラフト運動のウィリアム・モリスが盟友だったというのはよくわかる。バーン=ジョーンズの絵は、結局のところ装飾のようなものだ。それにしても《眠り姫》や連作《ピグマリオンと彫像》などいくつかの油絵は、その完璧に構築された世界を見ていると、陶酔に誘われる。
「バーン=ジョーンズ展」は8月19日まで。

気分転換に展覧会はいい。映画と違って30分くらいで終わるし、当たり前だが見ながら歩くので体にもいい。映画の見過ぎで物語ばかり押し込まれた頭を、適度にコンセプトで揺すってくれる気がする。何より素人なので気が楽だ。

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