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2012年7月14日 (土)

日本映画の女性像:増村保造と今村昌平

最近、日本映画において女性がどう描かれてきたかを考えることが多い。この数日中にDVDで見たのは、増村保造の『赤い天使』(66)と今村昌平の『にっぽん昆虫記』(64)。ともに女性が主人公だ。

日本映画の中で印象に残る女性は、おおむね男性社会の中で苛められ、痛めつけられても我慢して生き延びる、というタイプが多い。溝口も成瀬もこのタイプだ。ところがこの2本はちょっと違う。

『赤い天使』は、四半世紀前にパリのシネマテークで見て、若尾文子演じる従軍看護婦、西さくらの情の深さに泣きそうになった記憶がある。特に後半、芦田伸介とのからみに流れるクラシック音楽にやられてしまった。

今回見直したが、その印象は変わらなかった。若尾文子のまっすぐな強さが全体を貫く。やはり見せ場は後半。不能だという軍医(芦田伸介)を誘惑して交わり、「西が勝ちました」「さくらは今日のことしか考えません」と高らかに宣言する。あげくの果ては軍医の軍服を着て、靴を履かせるよう芦田に命令する。そして二人はキスマークを付けあう。芦田がポロリと「平和な時、日本で会いたかった」と言う。戦場を描いた映画の中での、極めて自然な愛の発露に圧倒された。

『にっぽん昆虫記』は、東北の土俗的風景から始まる。左幸子演じる主人公とめと、知恵遅れの父の近親相姦的つながり。それから地主の息子の妾になったり、工場で係長と関係を持ったりするが、東京に出てきてからは、売春婦からコールガールを仕切る女になる。

地方の貧乏な女が、徹底して性を媒介として生き延びる姿は印象的だ。あっけあらかんとして、男性社会で苦しめられているという感じがない。しかし今見ると、ちょっと頭でっかちというか、監督の頭で考えた東北の貧しい女性像という気がしないでもない。

当時は『にっぽん昆虫記』の方が評価はずっと高い。『赤い天使』は朝日にも読売にも新聞評は見あたらないが、『にっぽん昆虫記』はどの新聞でも論じられ、『キネマ旬報』で一位となる。朝日の津村秀夫が、力作だが「社会的節度を失っている」と批判しているのもおもしろい。前にも書いたが、おおむね昔の朝日の映画評は、今見ると変だ。

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