『フタバから遠く離れて』に心を動かされる
10月13日に公開される船橋淳監督のドキュメンタリー『フタバから遠く離れて』を見た。震災や原発のドキュメンタリーはほとんど見ていないが、見に行ったのは音楽を担当した鈴木治行氏が20数年前からの友人だからだ。これが予想以上に心を動かされた。
「フタバ」とは福島県双葉町のことで、地震後に町全体が警戒地区となり、1423人が埼玉県の高校の旧校舎に住み始める。映画はその人たちの4月から半年あまりを捉えたものだ。
「定点観測」とも言えるが、まずこの映画が単調でないのは、双葉の街が時おり挟まれるからだ。最初は町長が見せるアルバムをめくりながら、そして中盤には一時帰宅に同行する形で。
震災前の桜の美しい写真とは対照的に、焼野原のようになった海岸。全く無人だけに恐ろしい。遠くから見ると、普通の街並みのように見えて、近づくと誰もおらず、薄気味悪い民家の並び。あちこち墓石が倒れた墓場、あるいは警告を無視して牧場を続ける男。「原子力、豊かな社会とまちづくり」という看板。
高校の中での生活にしても、立ち入り禁止の双葉町にしても、映画は昼間だけではなく、夜や早朝の光景も捉える。こうこうと明かりのつく夜の高校は不気味だ。あるいは早朝の強い日差し。
いくつかの場面が特に記憶に残る。かつて原発推進派だった町長は言う。「結局、原発誘致は失敗だった。我々は放射能まみれで生きてきた。しかし全くまみれていない東京の人々が栄えた」。デイケアに行った老いた妻が、書道を習って帰って来る。それを夫に見せると「故郷」という文字が何枚も何枚も出てくる。双葉で牧場を続ける男が案内してくれた付近の牧場の牛たちの死骸。誰かが携帯で撮ったものだろう、冒頭の天皇皇后の訪問シーンにも泣いてしまった。
一つの対象をしっかりと凝視しているうちに、いつの間にか向こうから感動的な映像が訪れたような、そんな感じのする労作だ。この映画は現在も撮影中というから、続編が楽しみだ。友人の鈴木さんのピアノと尺八の音楽も良かった。
この映画を見たのは昨日だが、その夜に広島の「黒い雨」をめぐる「NHKスペシャル」を見た。残留放射線の被害を隠そうとしたアメリカ政府とそれを支持した日本政府の対応が、今頃になって明かされている事実に暗澹たる気分になった。やはり原爆と原発は、日米関係を通じてつながっている。
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