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2012年8月 3日 (金)

映画『イラン式料理本』の

今週から勤める大学が夏休みになって、毎日試写に通っている。授業が始まるとなかなか見られないので、春休みや夏休みにためて見るのが習慣になった。昨日見たのは、9月15日公開の『イラン式料理本』。

昨年の山形ドキュメンタリー映画祭でちょっと話題になっていた。それにドキュメンタリーを岩波ホールでやるのだから、何か特別なものがあるだろうと期待していた。

ところが何もない。イランの女たちが料理を作る様子を、正面に据えたカメラが撮っているだけだ。監督らしき男の声に答えながら、7人の女たちはそれぞれの台所で、料理を作ってゆく。カメラはそれらを変わりばんこに映してゆくだけ。

72分のまさに小品だが、1時間を過ぎたあたりから、それぞれの女たちの人生が浮かび上がってくる。姑にいじめられながら料理を学んだ義母や、双子の子どもに邪魔されながら料理を続ける妹、料理が嫌いな妻、料理のことなど忘れてしまった友人の100歳になる母親。

女は家で手の込んだ料理を作るのが当たり前だった時代が、次第に崩壊しようとしている。まるで昭和の日本のようだ。

あらゆるテクニックを封じ、料理中の女が正面を向いて話すという最小限の要素に絞ることで、いつの間にか人間の生き方や時代の流れまで感じさせる。いまさらながら、ドキュメンタリーは奥が深い。

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