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2012年8月12日 (日)

『トリュフォーの手紙』ではなかったが

山田宏一著『トリュフォーの手紙』を読んだ。長年待ちに待った「フランソワ・トリュフォー書簡集」がいよいよ出たかと思って買ったが、これがかなり違った。1984年に亡くなったトリュフォーの分厚い書簡集がフランスで出たのが、1988年。もちろん買ったが、山田宏一さんが訳されると聞いて、喜んで待っていた。

トリュフォーと山田さんの間の手紙はこの書簡集でも最も感動的な部分なので、その山田さんが訳されるならベストだと思った。その後、二分冊になるとか、複数の知り合いが下訳をやっているとか、いろいろな噂が流れた。それでも出なかった。

もう出ないかと諦めていたら、最近学生からこの出版を教えてもらった。慌てて取り寄せて読んでみて驚いた。これは「書簡集」の翻訳ではなく、山田宏一氏が書簡集の一部(1/4?)を選んで、インタビューや解説をたっぷり入れながら書いた「山田=トリュフォー物語」だった。

冒頭に堀勝之という人への追悼があって面喰っていたら、いきなり山田氏のトリュフォーへのインタビューが始まる。一部は『季刊 リュミエール』ほかで読んだもののようだ。そこでトリュフォーが映画の道へ入る経緯が語られて、ようやく友人のロベール・ラシュネー宛の手紙が始まった。

その後も自分のインタビューに加えてピエール・ブロンベルジェの自伝『シネマメモワール』やエリック・ロメールの『美の味わい』などの引用と共に、書簡の抄訳が載っている。

確かにわかりやすい。トリュフォーという不良少年がどのようにして監督となり、映画を撮り続けたが手に取るようにわかる。しかし山田氏によるトリュフォー論は既に何冊かあるので、既視感は否めない。自分としてはそのままの書簡集が読みたかった。

それでもいくつかの手紙は、強く印象に残る。まず、『大人はわかってくれない』がカンヌで監督大賞を取った直後の父親への怒りに満ちた手紙。それから60年代後半のゴダールとの恐ろしいほど喧嘩腰の手紙の応酬。そして「終章」の山田氏への愛のこもった手紙群。これらについては後日また書きたい。

「書簡集」が「抄訳」になった理由について、山田氏は先方の出版社が他社に吸収されて、契約の更新ができなくなったことを挙げている。しかしこの本が出たことで、本物の「書簡集」の翻訳はこれからもうないだろう。

そういえば、同じような落胆を野崎歓氏の『ジャン・ルノワール 越境する映画』に感じた。これも素晴らしい本だが、本来は書簡の翻訳だったものが、抄訳+解説に変わっていた。

人のことは言えない。自分も「ガブリエル・ヴェール書簡集」を出そうとしてうまくいかず、蓮實重彦編『リュミエール元年 ガブリエル・ヴェールと映画の歴史』になった。書簡は2/3は訳したけれど、残り半分は蓮實氏を始めとするビッグ・ネームに頼った。やはり、映画の本は難しい。とりわけ書簡集は。

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