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2012年8月26日 (日)

肩すかしの小熊英二著『社会を変えるには』

小熊英二という人は、とにかく分厚い本を書く。『<民主>と<愛国>』は相当分厚かったが、『1968』はそれが上下巻。出たばかりの新書『社会を変えるには』は、新書なのに517ページもある。いつもながらの正面衝突のような題名に惹かれて買った。

戦後日本の社会史を解読してきた著者が「社会を変えるには」というからには、何かあるだろうと思う。ましてや著者は最近は官邸デモの中心人物の一人だ。ところが結論から言うと、「社会を変えるにはどうしたらいいか」は書かれておらず、肩すかしだった。

もちろん、興味深い指摘は満載だ。まず、欧米では1970年代から始まった「ポスト工業化社会」が日本では90年代半ば以降だったということ。この社会では1人の中核エリートを支えるのに、5人の「マック・ジョブ」(マクドナルドのバイトのような単純労働)が必要という。もちろんそれ以前の日本にも「マック・ジョブ」はあったが、未婚女性、主婦、学生、高齢者に支えられて目立たなかった。

「1970年代から80年代にかけて、“日本型工業社会”が築かれることになります。大企業に中小企業が、都市部に地方が、男性正社員に女性と若者と高齢者が、それぞれ依存しているかたちです」

「日本の“68年”は、農林水産業がまだ多い初期工業化の時代から、製造業中心の後期工業化社会への移行期におきた、といえそうです。/これは西欧やアメリカの“68年”が、工業化社会からポスト工業化社会への移行の前兆だったと位置づけられるらしいのとは大きな違いです」

戦後日本の社会運動は、3つの特徴があった。絶対平和志向とマルクス主義と倫理主義。

教育学では、進学率が15%を超えると、学生はエリートではなくなる。日本は1963年に15%を超えた。

日本の全共闘運動はセクトごとにヘルメットをかぶったが、西欧の68年にはヘルメットやユニフォームはなかった。西欧には、むしろ中国の文化大革命に近いものに見えた。

これが第3章までで、まだ186ページ。このあと第4章「民主主義とは」第5章「近代自由民主主義とその限界」などと続くが、これからは歴史のお勉強で退屈だったので、飛ばし読み。

とりあえず、日本はこれから「普通の先進国」になること、「脱原発」は自分たちの声がないがしろにされていることを訴える点でかっこうのテーマであること、この2点くらいが記憶に残った。

引用も一切なく、平易な文章で「ですます」で書かれているので、大学生向けに書かれた本だろう。大学の講義の要約かもしれない。だったら最初にそう書いてほしかった。ああ、おじさんは疲れた。

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