松尾邦乃助『巴里物語』は他人事ではない
いやあ、おもしろかった。先日ここに書いた松尾邦之助が1960年に書いた『巴里物語』のことだ。初版本が「日本の古本屋」に2000円くらいで出ていたので買ったが、いかにも安っぽい装丁だった。
東京外語を出て、1922年にパリに渡り、1929年に父親の死で一時帰国するが再び渡仏。読売のパリ特派員の職を得て1945年末まで欧州に留まった松尾の回想記だ。
極貧生活の中で、『枕草子』を始めとする日本の本を翻訳したり、それをきっかけにジッドやマラルメ、コクトーなどと親交を結ぶ様子が描かれているが、根底を流れるのは、多くの女性との出会いと別れだ。
一番おもしろいのは、素人で最初に関係を持つセシル・ランジューとのやり取り。ソルボンヌ大学で出会った学生のセシルにノートを貸してもらうところから、仲良くなる。カフェで何度か会ううちに、嬉しくて頭に血が上った松尾は、突然ラブレターを書く。
「もし、あなたが、わたしをいくらかでも愛してくだされば、鉄のように固い意力で、勉強し、仕事をして、きっとあなたを幸福にしてみせます。いま、金はありませんが、わたしの意力と、あなたへの変わらぬ思慕の情と、若さと情熱を信じてください」
これに対するセシルの返事がいい。「結婚とか、“永遠に”などという、そんなブルジョアじみた希望は捨てましょう。あなたが、わたしを愛していらっしゃるように、わたしもあなたを愛し、好感を持っています。ただ、それだけが重要なことで、それ以外のことは大したことではありません。ですから、二人は行けるところまで行って見ようじゃありませんか」
実を言うと私も昔パリで、これとほとんど同じような会話をしたことがあって(手紙ではなかったが)、松尾という人がとても他人事とは思えなくなって、最後までそのまま読んでしまった。
セシルとは別れるが、松尾は一時帰国している時に、彼女が東京に来ていることを知る。会いに行くと、某伯爵の愛人として来日して寂しい日々を送っていた。これまた私の体験に似ていて、たまらない。
この本については、溝口健二の『狂恋の女師匠』のフランスでの上映を松尾が仕切っていたなどおもしろい記述があったが、今日はこれでおしまい。
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