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2012年9月24日 (月)

それでも東京国際映画祭を見捨てない:その(1)

1985年にできた時から、東京国際映画祭は「これは違う」と思った。その頃は海外の映画祭にはカンヌに一度行ったきりだったが、それでもタモリが司会をしてフジテレビが中継する様子は「違う」と思った。あれから四半世紀以上過ぎ、当時怒っていた友人たちの多くは「東京国際映画祭に期待しても無駄だ」と言うようになった。

今年は第25回という。上映される映画のラインナップは、昔に比べるとずいぶん良くなった。今世紀になって何よりアジア映画の枠が充実し、コンペもそんなにひどいものはなくなった。外国の映画祭で話題になったが、日本では配給されない映画もいくつか見ることができるようになった。

それでもおかしいところは多い。毎年のことだが、今年も「少しでも良くなるため」を思って、批判を続ける。さて、私の手元には今年もオープニングの招待状が去年より遅く届いた。去年あれだけ文句を書いたし、今年は朝日新聞デジタルのWEBRONZAで「東京国際映画祭はどこがダメなのか」というシリーズを10日ほど前から始めたので、もう来ないかと思っていたが。

招待状をよく見ると、ほんの少しだけ改善されている。去年はここで書いたように、和文と欧文が2カ所違った。和文では依田チェアマンを含む映画業界トップ3人の名前が連名だったが、欧文は依田氏のみ。「ドレスコード」は和文が「タキシード、ダークスーツ、ドレスまたは和装」で英語はFormal/Black Tieだった。

ところが今年は個人名は和文、英文共に依田氏のみ。「ドレスコード」は、和文が「タクシード、ダークスーツ、ドレス」で欧文はFormal, Dark Suits, Dress。日本人特有の二枚舌がなくなっただけでも、いい。それに「和装」が初めてなくなったのもめでたい。この表現は本当に恥ずかしかった。ガイジンにおもねるために、日本女性に着物を着させようとしているみたいで。

欧文からBlack tieがなくなったのもいい。中身は二流なのに、パーティばかり一流にしようとしているみたいだったから。本当のことを言うと、ホテルでパーティなんかしなくていい。スポンサーなどへの配慮もあるならやってもいいが、ごく限定メンバーにしたらいい。私や映画業界の連中なんか招待する必要はない。そんなお金は中身に使ってほしい。

ところで、先週20日に記者会見があった。そういうところに行くと何か言いたくなる私は、例によって人騒がせな質問をして場内を凍らせてしまった。それについては、たぶん今日の昼頃にはアップされるWEBRONZAに「東京国際映画祭はどこがダメなのか(2)」で書いたので、ご一読を。

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