« フランス人とイタリア人の気まぐれ | トップページ | 変わりゆくベネチア国際映画祭:その(2) »

2012年9月 1日 (土)

変わりゆくベネチア国際映画祭:その(1)

今年、ベネチア国際映画祭のディレクターが変わった。マルコ・ミュラーに代わり、前に既にディレクターを務めたアルベルト・バルベラが再任された。しょせんベネチアだから、ある程度の話題作が集まっているのは間違いないが、全体にトーンが変わったように思う。

一番の変化は、「ヴェネチア・クラシック」というセクションの新設だろう。最近復元された古典映画を上映するもので、木下恵介の『カルメン故郷に帰る』もここで上映される。ハワード・ホークスやオーソン・ウェルズなど相当に作家主義色の強いセレクションだ。

それから、コンペを始めとして全体に欧米中心主義が感じられる。コンペ18本のうち、日本、韓国、フィリピンから1本ずつ以外はすべて欧米だというのが、最初のディレクターの記者会見で問題になったらしい。マルコ・ミュラーが香港のカンフー映画から、ジョニー・トーのアクション映画、ディズニーのアニメまでとにかくジャンルを広げようとしたのと対照的だ。

とりあえず、今までのところ見たコンペ作品2本は「凡庸」の一言に尽きる。ドイツのウルリッヒ・セイドル監督の「パラダイス:信仰」は神を信じる真面目すぎる中年女性を淡々と描いたもの。ドキュメンタリータッチという以外は、おもしろくもおかしくもない。

アメリカ映画でラミン・バフラミ監督の「何としても」At any priceは、アメリカの農場を経営する一家に起きるドラマを描く。しっかりした脚本をもとにした映画だが、何にも特徴がない。コンペに選ぶ理由が全く見いだせなかった。

それに比べると、ベネチア・クラシックの『天国の門』は抜群におもしろかった。従来の版より長い3時間半のディレクターズ・カットだが、19世紀後半のアメリカ社会の群集劇を堪能した。マイケル・チミノはストーリーよりも視覚的に見せることに何より力を注ぐ監督だということがよくわかった。最初の卒業式のダンスや、農場でのダンスなど、群衆シーンの長いカットが何とも見ごたえがある。

舞台挨拶をしたマイケル・チミノは、整形でもしたように若々しく、ヤクでもやっているように、どうでもいい話を繰り返しておかしかった。

|

« フランス人とイタリア人の気まぐれ | トップページ | 変わりゆくベネチア国際映画祭:その(2) »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/55549750

この記事へのトラックバック一覧です: 変わりゆくベネチア国際映画祭:その(1):

« フランス人とイタリア人の気まぐれ | トップページ | 変わりゆくベネチア国際映画祭:その(2) »