海外旅行にぴったりの『火宅の人』
海外旅行から戻って1週間ほどだが、その時に読んだ檀一雄の『火宅の人』は、飛行機の中やホテルで読むのにぴったりだった。文庫本で上下2巻あるが、全体に流れる「天然の旅情」(文中に何度か出る言葉)が、旅行の気分にあう。
もちろん、この小説は檀一雄の愛人との生活を私小説風に描いたものだ。めったに家に帰らず、帰ると子供と「チチ帰った?」「うん帰ったよ」「もうドッコも行かん?」「うん、ドッコも行かん」「もうドッコも行く?」「うん、ドッコも行く」と語る生活だ。だからまじめな女性には不向きかもしれない。
それから自分が近いと思うのは、料理を作るのが好きなことだ。「私は麻雀をやらず、碁、将棋、ゴルフ、釣など何の趣味もない。ただ手料理をつくり、ただ酒を飲み、ただ原稿を書いているだけで」という主人公の生活は私の理想とするところに近い。もちろん自分は才能がないので原稿を書くだけでは食えず、大学に勤めているが。
「食べることに熱中するのではない。食べるものを、作ることに熱中するのである。だから、私は家にあれば、買物篭一つをぶら下げて、朝からだって、ウロウロと、野菜屋の店先や、肉屋、魚屋、乾物屋の店先に出かけていって、堆高く積み上げられた雑多な蔬菜類の色どりや、交錯する肉の色、鮮魚の鱗片のさまざまな色どりに見とれている」。これはほとんど自分のことのようだ。
この小説が旅行に向くのは、中盤に実際に主人公が世界一周の旅に出る場面があることもある。まだ海外旅行が珍しかった時代に、アメリカ政府の小説家招待という身分で、アメリカのあちこちを見て回る。そしてその後は新聞社や出版社の金で欧州を回る。ところが主人公は酒を飲み過ぎて寝坊したり、アポをすっぽかしたり、やりたい放題だ。とんでもない高いホテルに泊まって、新聞社の支局に金を借りたり、行きずりの女性と関係を持ってしまったり。
読みながら、こんな時代の方がおもしろかったとつくづく思う。その意味で旅行中に夢を見るような小説かもしれない。
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