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2012年9月30日 (日)

戦後の合作映画は珍品揃いか(1)『楊貴妃』

戦後、1950年代の半ばくらいから、日本映画に合作が増える。多いのはサミュエル・フラー監督『東京竹の家』(55)やアラン・レネ監督『二十四時間の情事』(59)のように外国の監督が日本で撮ったものだが、これが珍品揃いだ。逆に日本が中心でアジアの国との合作で撮ったものもある。

最近35ミリで(!)見ることができたのはそんな2本で、1つは大映が香港のショウ・ブラザーズとの合作で作った溝口健二監督『楊貴妃』(55)で、もう1本は東宝が台湾との合作で作った千葉泰樹監督『バンコックの夜』。今では共にキワモノのような扱いの映画だが、今回見て両方とも実に見ごたえがあった。

『楊貴妃』は、溝口の失敗作というのがおおかたの評判だが、フランスでの評価は極めて高い。日本ではまず上映されないが、フランスではよく名画座にかかる。DVDも日本では一度も出ていないが、フランスでは今でも簡単に買うことができる。

私がこの映画を見たのは四半世紀前のパリだったが、本当に真っ赤に変色したプリントで、森雅之の玄宗皇帝が何ともわざとらしくて嫌になった記憶がある。そう言えば、当時通っていたパリ第3大学映画学科のミシェル・マリー教授は、「自分の青春の映画は、ゴダールの『軽蔑』と溝口の『楊貴妃』だ」と語っていたのを思い出した。

日本では一般に溝口は、『山椒大夫』や『雨月物語』のように、貧しい人々を描いた時に力を発揮する監督と見なされている。人間の欲望やいやらしさを冷徹に見据える視座においては、彼を越す監督はいないだろう。だから玄宗皇帝と楊貴妃の恋物語は彼に向いていないかもしれない。

それでもこの映画はおもしろい。出だしの宮殿の長い廊下を写すロングショットが右にパンして、玄宗皇帝が少しずつ見えてくる流麗なカメラを見るだけで、ぞくぞくしてくる。京マチ子演じる楊貴妃が皇帝に気に入られて、翌朝に風呂に入り、女官たちに布を巻かれながら出てくるところを後ろから撮ったシーンの妖艶さは、もうただごとではない。結婚後、駕籠に乗る京マチ子の輝く笑顔は、まるで『歴史は女で作られる』のマルチーヌ・キャロルのように、天上の輝きに不幸の影が重なる。

そしてラストは、自殺する時に使う絹のスカーフが輝き、その場にいない皇帝との会話が始まる。何とも溝口らしいと唸った。『バンコックの夜』については後日書く。

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