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2012年10月17日 (水)

「観光映画」はおもしろい:(1)『カラカラ』

「観光映画」というと、ベネチアでキャサリーン・ヘップバーンが出る『旅情』(1955)などを思い出し、何となくバカにされがちだが、実は私はこのジャンルが好きだ。そこに描かれる外国から見たキッチュなイメージが何とも興味深い。来年1月19日公開のクロード・ガニオンの『カラカラ』を見てそんなことを考えた。

通常、外国人が描くのは憧れのイメージだ。これは『旅情』から『眺めのいい部屋』(1986)や『トスカーナの休日』(2003)まで、イタリアが多い。

日本が描かれる時は、かつてはむしろ「軽蔑」に近いものが多かった。『東京ジョー』(49)とか『東京暗黒街 竹の家』(55)とか。これも「憧れ」と同じく、キッチュというか、固定観念だ。

ある時期からそれが「尊敬」に変わった。クリス・マルケルの『サン・ソレイユ』(82)やヴィム・ヴェンダースの『東京画』(85)あたりからか。それでも、「変な日本」はある。もっと最近のソフィア・コッポラ監督『ロスト・イン・トランスレーション』(03)は、「変な日本」の方が多いかもしれない。

『カラカラ』にも、「尊敬」や「変な日本」がある。しかし、ここに挙げた映画に比べると、ずっと自然体だ。カナダ人の主人公が、リタイア後の自分探しに日本にやってきて、家庭内暴力で悩む女性(工藤夕貴)と出会う。その出会いを、あくまで外国人の視点で淡々と描く。

主人公は実際に日本にいそうなインテリタイプの外国人で、途中でドキュメンタリーのようにさえ思えてくる。工藤夕貴が「カラカラ」が泡盛用の酒器であることを説明したり、芭蕉布の人間国宝に会いに行ったり。何とも肩の力の抜けた、いい意味での観光映画で、私はこの映画を見て沖縄に行きたくなった。

もちろん映画として特筆すべきものではないし、沖縄にくわしい人はひょっとしたら「違う」と言うかもしれないが、何ともいい感じの「旅情」が漂ってくる。

工藤夕貴の「肩の力の抜けた」演技も良かった。最初にメガネで出てきた時は、「おばさんになったなあ」と思ったが、ちょっとイタイ日本の主婦を演じる感じが何とも自然体だった。彼女はかつては『台風クラブ』(85)とかジャームッシュの『ミステリートレイン』(89)などに出て、日本のアート系映画の星だったが、今は少し影が薄い。今後はこのおばさんイメージで行けるのではないか。

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コメント

イタリアを描いた「観光映画」もアングロアメリカンのどこか「イタリア人」への偏見、蔑視が垣間見られます。
イタリアではないがイタリア移民が多いフランス・マルセイユが舞台の「フレンチコネクション2」はその傾向が強かったです。
最近再見ましたが、しかし雑多でどこか野蛮さを感じる描写が妙に懐かしかった。その美しいとは言えない風景や全く洗練されていない人々の描写が
昔の日本や1970年代を強烈に思い出させたからかもしれません。

投稿: AK | 2012年10月31日 (水) 15時44分

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