『サスペンス映画史』に脱帽
映画関係の本で最近感心したというか脱帽だと思ったのが、三浦哲哉著の『サスペンス映画史』。最近は映画史研究で優秀な若手が続々出ているとは思っていたが、この本は抜きんでている。著者は今年36歳。
まずサスペンスの始まりを語るにあたり、ポーターやセシル・ヘップワースから始まって、グリフィスの『ドリーの冒険』から始まる「最後の救出劇」を詳細に分析する。そこでは蓮實重彦や小松弘はもちろん、リック・アルトマンやトム・ガニングといった英語の文献も引用される。
そしてマック・セネットに始まるバーレスクのサスペンスからフリッツ・ラングへ。オーソン・ウェルズとジャック・ターナー。ヒッチコックのサスペンスの違い。そしてSFサスペンスからクリント・イーストウッドまで。
英仏の主要文献を読み込んで的確に引用する知性にも驚くが、それ以上に好感が持てるのは、筆者が何よりも1本、1本の映画の感動やおもしろさから語ろうしてしている点だ。
「グリフィスにおけるサスペンスの形式的発展は、要約すれば、以下の三つの段階にしたがって進行する。まず見えないものが導入される。少女ドリーである。次に見えないもの同士が互いに切り替えされる並行状態が作られる。海難物語である。そして最後に、その見えないもの同士が、電話等のテクノロジーで媒介される。こうして並行モンタージュを駆使したラスト・ミニッツ・レスキューのサスペンスが生成する」
「キートンの驚くべき独創性は、彼の周囲の環境そのものが失調する点にある。しばしば「悪夢」に喩えられるように、精妙に作動する大規模なセットを用いて、俳優キートンをとりまく外界そのものの失調が大規模に視覚化されることで、異常なサスペンスの世界が造形されるのだ」
どれも見事なまとめ方で、これを映画史を横断して書きつくす体力と知性に驚いてしまう。映画について語りだすとつい網羅的になって、いつの時代の映画についても語りたいという、まさに映画好きらしい本である。
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