80歳を過ぎた監督の映画
80歳を過ぎた監督が作る映画に、本気か冗談かわからない不思議な魅力が溢れるものがある。現在公開中のワイダの『菖蒲』がそうだし、ロメールの遺作『我が至上の愛』がそうだった。1月26日公開のタヴィアーニ兄弟の『堀の中のジュリアス・シーザー』もそんな1本だ。
タヴィアーニ兄弟は、ヴットリオが今年83歳で、弟パオロが81歳。1980年代に『父/パードレ・パドローネ』(77)から、『サン・ロレンツォの夜』(82)、そして『カオス・シチリア物語』(84)と追いかけていた私にとっては、神さまのような存在だった。タルコフスキーやアンゲロプロスと違って、前衛的でありながらわかりやすいので、女の子を誘うのにも良かった。
それが『復活』(01)や『ひばり農園』(07)は、歴史ものということもあって、ずいぶん重たくなった。ちょっと悪い意味でアカデミックになっていると思った。
それが今回は軽やかだ。もちろん重罪犯人を収容する刑務所の中で演じられる『ジュリアス・シーザー』という設定だから、明るいはずはない。しかしタッチはシンプルでストレート。どこまでが芝居か現実かわからなくなるようなとぼけ具合もいい。
最初と最後の舞台公演のシーン以外はすべて白黒だが、その色合いがいい。たぶんデジタルでなくフォルム撮影だろうが、久しぶりに目の覚めるような白黒を見た。そして囚人たちの面構えや存在感が強烈だ。シーザーやブルータスやキャシアスを演じるのにふさわしい風格を備えている。「この国の至るところに血をもたらしてやる」などと言われると、本当に怖かった。
牢獄の中での練習が、いつの間にか、前衛劇団の公演のように見えてくる。かと思うと、「あいつは面会室から帰ったばかりだから演技は無理だよ」などというセリフがあったりする。大きな刃物を振り回して練習して、犯罪が起きないかとハラハラしてくる。
時おり写る刑務所の全景がなぜか美しく見える。そして最後にもう1回公演のラストが出てくる。終わって、立ち上がって大きな拍手を送る家族たち、そしてお互い抱き合って喜ぶ囚人たち。彼らはそれぞれの部屋に帰ってゆく。うち1人は「芸術を知ってから、ここが初めて牢獄となった」という意味のことを言いながらコーヒーを入れる。
見終わってプレスを見たら、ブルータス役の男は、かつてこの刑務所に14年8ヶ月過ごして、今は『ゴモラ』などに出ている俳優だった。こうした細工を平気でしてしまうところも、老獪さだろう。
そういえば、2001年9月にローマでタヴィアーニ兄弟にインタビューしたことがあった。2人の醸し出す暖かい雰囲気が心に残っている。
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