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2012年11月28日 (水)

相変わらずの東京フィルメックス:その(2)

昨日も2本見た。平日の昼間にかかわらず、700席の会場が半分以上埋まっている。見たのは招待作品のアモス・ギタイ監督の『父へのララバイ』とコンペのイスラエル映画『エピローグ』。イスラエル2本だったが、見た印象は前日に限りなく近い。

つまり、アモス・ギタイの新作はアピチャッポンの新作に似て、小品で自分も出てくるセミ・ドキュメンタリーだ。『父へのララバイ』は、題名の通り、自分の父親をめぐる作品。父について語る父の友人、自分の娘、母、そして自分自身も出てくる。

当時の写真や父が書いたテキストなどを引用しながら、父の姿を浮かび上がらせてゆく。バウハウスに入るが、ヒトラーによって数年後に潰されてしまい、ベルリン芸術大学に入り直す。そこでもユダヤ人ということで自宅待機を命ぜられ、スイスのバーゼルを経てパレスチナへ行く。父との出会いを語る母親。

列車に乗るシーンや裁判のシーンなどの再現もある。レナート・ベルタの撮影による深みのある映像が際立っている。しかし私はそこに何か自己中心的でかつスノッブなものを感じて、途中で嫌になってしまった。ユダヤの正しさと自らの芸術性を自己正当化する姿勢といったらいいのだろうか。

『エピローグ』は、テルアビブを中心に老夫婦の一日を描いたもので長編第一作。昨日見た韓国映画『グレープ・キャンディ』と同じく、脚本もよくできているし、撮影も丁寧だが、始まって10分ほどで映画の意図が読めてしまい、最後までそれを裏切らない。

冒頭で社会保険事務所の若い女性から老夫婦が馬鹿にされるシーンを見て、『木漏れ日の家で』を思い出した。ただ『木漏れ日の家で』の方が、映像の喜びも展開のおもしろさもある。『エピローグ』は夫婦の両方が出会う小さなエピソードを積み上げていくだけで、何か物足りない。イスラエル建設時代の理想に満ちた若い頃を懐かしむ2人の姿は興味深かったけれど。

それにしても今回はコンペにイスラエル映画が2本あるし、イスラエル映画傑作選で古いイスラエル映画が4本も上映されるしアモス・ギタイもあるしで、東京フィルメックスがまるでユダヤに乗っ取られたかのようだ。

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